curda

踊るTango・Noir ※R18


なくなってしまったワイン瓶を掴んで、立ち上がる。
「もう一本とってこよう」
「ああ、頼む」
と、シュラがソファに寄りかかりながら返事をする。
いつもなら、二人で飲んでも一本ずつの配分でワインをあけるはずなのに、カミュが手にしたものはすでに、一人で三本分目のものだった。
両腕を背もたれに預け、寛いだ様子のシュラを横目に、カミュは足を踏み出す。
視界の中に飛び込んでくる壁や床や自分の爪先が、ゆらゆらと穏やかな波間に囚われたように見える。
は、と小さく息はのんだものの、それが酒精の所為だと認識できたから、カミュはそのままもう一歩踏み出した。途端、ふいに大波がやってきて、足元をすくわれたように身体が揺らぐ。「あ、」と反射的にカミュが声を漏らすのと、手首と腰を引かれ、体温に支えられるのはほぼ同時だった。
「……おい。酔ったのか」

たかがワインの五、六本でとカミュは内心で答えながら、横抱きにされたまま視線をシュラへむける。
「うむ……少し酔ったかもしれないのだ」
「少し?」
カミュの言葉を反芻し、シュラは喉奥で低く笑うと、預けたままの腰をわざとらしく抱えなおした。
「まともに歩けもしないでよくいうよな」
得意げな顔で見下ろされて、一言。だが、そうからかった矢先にシュラの身体もぐらりとよろめいて、とどまる。まるで予想もしていなかったというように、驚きで見開かれた目と目があって、カミュは存外シュラも酔っているということに気づく。飲み慣れている所為なのか、気づけば二人で酒に溺れている。珍しく。
だから、カミュはそれを伝えたくて、唇を開いた。
シュラの視線を追って、掴まれた手首と腰に回された肌の熱さを知ったところで、何故か言葉はでてこなかった。
揶揄のさなかの不覚で、気まずそうに泳いでいたシュラの視線が再びカミュに注がれて、縫い止められた。背にした部屋のライトが、黒い瞳にさらなる影を落とさせる。
光沢をなくした底しれぬノアール。
カミュは、ただ黒に魅入られる。
「どうした」
心を奪われている間に、言葉の入り込む隙間はなく、押し黙ったままシュラの眼差しを受け止めた。心地よい無言。一切の音を吸い込んでしまう氷原の世界を厭う者はあれど、音がないからこそ花が咲く命の音色に気づくことができる。なめらかな絹が擦れるような花蕾の割れていく音は、かすかなるものだ。
熱い肌を覆っている衣服と衣服の擦れ合う、この衣擦れのように。
手首を片手で掴んだまま、シュラは引き寄せた柳腰をなお強く抱き込み、カミュの両膝を割り込むようにして、身体を密着させた。ぴったりと肌へはりつくような、カミュの薄手の上着の裾から直に手を差し入れて腰骨から背骨をなぞり、背の中央で押し止まる。カミュは、シュラの動作が止まったところで、身体の重心をその手のひらへ預けた。
見上げた視線の先で、底しれぬ色に灯る陽炎がある。
密度のあがった吐息が溶けあって、その先には、シュラの唇があった。カミュは奪われることを待った。
目を閉じることもせず、黒の底から沸き上がってきた艶に吸い寄せられるままに。
重なる寸前、シュラの細く細く伏せられていく瞳にある一瞬の冷たい支配欲と、燃えさかる情熱に濡れた表情を目にする時に、カミュの身の内の、塗り替えても塗り替えてもじわじわと滲みでてくるような根深い欲望は、疼く。
例えばそれを、人として崇める神に対する禁忌とするのなら、今、目の前にいる男の身体も、自分自身も、罪深い存在であるといえるのだろう。
囁き、そそのかされて、心酔し、淫らに交ざり合って、果てることを望む者。
心を乱す魔性は、常に美しい姿をしているとカミュは思った。
「カミュ……」
悪魔に名を呼ばれ、返事をすれば心を奪われてしまうという。
だが、もうすでに奪われ、搾取されつづけているカミュは、躊躇いもなく返事をした。
「ああ、シュラ……」
引き寄せるように、そっとシュラの頬へ指先を伸ばす。唇と共に触れようとした矢先、がくんと視界が揺れて、逆さまの室内が見えた。
仰け反らされた態勢のまま落ちる。そう思って、咄嗟にカミュはシュラの腕を掴んだ。
「…なんかこういう踊りあったよな」
張り詰めた糸が途切れたような感覚が、カミュを襲う。シュラは両腕だけでしっかりと支えながら、ますますカミュの身体を反らせ、覆い被さるように真正面から見下ろしてにやりと笑った。赤い髪の先が、音もなく床に触れる。
「ここから、どうすればよいのだ」
「オレがダンスなんか踊れないの知ってるだろ」
うむ、とカミュは頷いてそのままシュラと見つめあった。シュラの生まれた国には熱烈なダンスのステップがあることは知っていたが、舞い、踊る、などという機会があるわけもなく、二人揃って踏めたところで、蹴りと拳の応酬をかわすステップぐらいしかなかった。
だから、見よう見真似とはいかないが、と囁きながらカミュがすっと片足をあげてシュラの腰に絡め、首筋に手を伸ばして襟足から指先を差し込んだのは、酔いの所為もあったのかもしれない。
カミュは、たった一本の足で重心を支えたまま、シュラに全てを委ねる。カミュのさりげない指先の甘さで、シュラはますます笑みを濃くした。
腰に絡む腿を撫で廻しながら掴み、あらわになったカミュの喉元へキスを落とす。胸元まで辿るように唇を滑らせる。大きく足を開いたことで、互いの熱の塊がより近く、押し付けられる。
反った態勢からキスをねだるのと同じように、昂りのリズムを高らかと奏で、首をもたげ始めるそれ。
「なにを踊るんだ?」
と、シュラは唇を落とす寸前にカミュへ問うた。
シュラの耳朶へ顔を寄せて、カミュは小さな囁きを溢す。
「……ここでか?」
「ここでも構わないが。できたら貴方のベッドが望ましいのだが」
わかった、とシュラは返事をするかわりに、深くカミュの唇を貪った。
背骨に沿って、浮き上がった汗の雫は、カミュが動く度にシュラの肌へ舞い落ちる。
シュラは、腹の上で蠢き、薄い肌の下でくねり続けるカミュの背の骨の動きを見上げ、その度におさめた昂りから駆け昇る快感を、じっと堪えた。
カミュは絶えずスタッカートに包まれたような短い息を吐き出しながら、夢中で腰を振りたてて踊っている。
弄りあいながら、やっとのことでベッドまで辿りついて、せめてと灯したベッドサイドの白熱灯が、興奮に色づいたカミュの背を艶めかしく映し出した。
「……ッはあッ、…あ、…あ、…うぅッ…」
うねるような波状の水音を散らしながら、抽送に軋むベッドの一律の音階に、シュラは耳をかたむける。
「……悦いのか?」
喘ぐばかりの身体と、見えない表情にもどかしさを感じたが故に問うたのに、聞こえてくるのは吐息ばかりで、答えはない。
シュラは、しっとりと汗に濡れた肌の上から腰骨を掴み、下から腰を跳ねあげた。ぎしりと大きくベッドが軋み、鋭いターンを交わしたように、ばっと赤い髪が大きく打ちふられ、靡く。
「アッ!あうッ!」
堅い楔の先端から逃げるように、瞬間的に浮き上がった腰を押さえつけ、シュラはさらに深い場所を抉るように塊を押し込んで、揺すりあげる。
「だ、だめなのだ……そんな…ッ」
「こたえないのが、わるい」
悶えるばかりで、動きを止めた身体を何度も何度も突き上げると、貫かれるまま仰け反ったカミュの内壁は小刻みに震え、ひくりとシュラを食み、離さなくなった。
カミュが刻んでいた美しい一定の旋律は今度、シュラが叩きつける肌と肌のぶつかる荒々しい音に代わる。
慎ましく奏でられていた蜜液の音が一気に溢れだし、あっという間に肌の隙間でこねられて、淫らに部屋の中へと沈みはじめた。
「―――ッ、あ、あ、…ん…ンッ…」
身体を支えるように置かれていたカミュの指先が心もとなくわなないて、さらにシュラの欲情を追い上げる。
穿たれる快感の波にさざめいて、尾を引きだした喘ぎ声につられるように、シュラはカミュを腹にのせたまま起き上がり、背中から掻き抱いた。
「ウッ!…クッ…うう…」
隙間がないように胸板と背を密着させたことで、より深みを突いたシュラの昂りに、カミュは呻く。後孔からの快美だけでとろとろと零れていた前方からの蜜が、繋がりあったままの二人の場所へ、とめどなく伝い落ちていった。
「あ……シュラ…ああ……深いのだ……」
乗せられた膝の上で、カミュはシュラの肩先へ頭を預け、近くなった体温に蕩けて、うわごとのように口走る。
酔っている。感じている。欲情している。
それは酒にもシュラの身体にもだ、とカミュが頭の片隅で思い、認識する前に、貫かれた下半身から打ち崩されていく。
顎先を片手で掴まれ、無理矢理反らされて、カミュは強制的に視線をあわせるように振り向かされた。
「じゃあ、抜くか?」
この快感を飲まされたさなかで、シュラのその一言が、悪魔の囁きのようにカミュには聞こえた。
途端に愛おしむ存在は、漆黒の魔の本性を現す。貪欲で激しく、時には目を覆いたくなるような淫らな行為すら与え、没頭させられてしまう唯一の。
カミュは薄く開いた唇の端から、無遠慮に侵入してきた指先へ、舌を這わせた。言葉のかわりの縋るような眼差しと共に。
「抜いていいんだな」
差し入れて食まれるままの己の指ごと口づけるように、シュラは振り向かせたカミュへ顔を近づけた。
吐き出される息の熱さと、咥え込んだ指と高まりの熱が、疼くように共鳴する。
赤い陽炎のように、ゆらゆらとシュラを見つめるカミュの眼差しは、否を唱えた。
軽やかなリップ音を奏で、一度きつく吸い上げられた指先が、唇から離される。
カミュは、シュラへ頬を摺り寄せ、熟み、掠れた声で囁いた。
「もっと貴方を……深く、…ほしいのだ」
がらがらと音を立てて崩れ、壊れていくのは理性の箍だ。囁きに細められた瞳と、緩んだ唇の赤。
それはすぎる快楽へ駆け昇るためのステップの一つに過ぎない。カミュは、最後の旋律を奏でてしまった。
ゆるゆると再び動きだす背後からの律動。熱い眼差しからの情熱のリズムに身を揺らし、うっとりと謳いはじめたカミュは、そろそろと両膝の裏を掴まれたことに、気付いてはいなかった。
そうして、気付かれもせずに掬われる足元。
一際強く跳ねあげられ、腰が浮いたのを感じた瞬間、カミュは前方をさらけ出すように両足を開かれて駆け巡った衝撃に、声をあげる事ができなくなる。引き攣れる喉。足を抱えあげられたことで、刺し貫ぬかれた場所へ体重の全てがかかり、深々とはまり込んで触れられた最奥。
「――――ッ!―――ンッ…!」
カミュは、割り開かれて晒された前方の形に羞恥を抱く間もなく、身を捩らせて情熱を噴き上げてしまった。点々と、胸元まで飛び散ったそれは、灼熱のステップを踏み辿った証のように激しく息を荒げて上下する肌を彩った。
シュラに抱えられた両の足先が、快感の余韻を辿るように強張り、悶え、急速に弛緩する。
張り詰めていたものが途切れ、放出されたはずであるのに、カミュはいまだ埋まる熱の塊と、いやらしく撓んだ唇を垣間見た。
「まだ、オレは終わっていない。オマエがすると言ったんだからしばらく終わらせないからな」
それだけで、潤んだ身体はとめどない欲望に期待をしてしまうようになった。
いまだ醒めやらぬノアールの色。カミュは頷くかわりに、汗を滴らせる黒髪と項へ後ろ手を伸ばし、鼓動に導かれるまま脈打つシュラの首筋へ、鼻先を埋めた。
酔いはまだ、覚めそうにもない。