ワセリン!シュラカミュver
「真面目不真面目」
「maybe I wanna go」
※R18、ドライ的な何か
「真面目不真面目」
昼が終わって、執務の時間が終わって、もうそろそろ日付も変わりそうな時刻になっていたことに気付いて、シュラは自宮に戻ることにした。
書きかけの書類はあともう少しで、片付けてしまいたい気持ちもあったが、磨羯宮にとどまっている気配をこれ以上、待たせることはできないとも思った。
シュラは、自宮に着いてから小腹を満たす程度に食事をとり、夜更けから始まる楽しい出来事に手をつけてしまう前に、教皇の間から持ち出してきた紙の束を片付けてしまおうと取りだす。
「珍しいな。貴方が執務を持ちかえってくるなんて」
カミュは、ワインを注いだグラスを手渡しながら、シュラの手元を眺めて言った。
「あー…どうしてもこれだけ片付けてしまいたいと思ったんだが、終わらなかった」
ぺらぺらとめくる書類は、ざっと十枚程度だ。紙束を見ているうちに、持ち帰ってきたことをささやかに後悔はしているのだが、書面の内容については、つい目で追ってしまう。
「貴方はそう見えて真面目だからな」
「そう見えてってどういうことだ」
「私も手伝おう。せっかくの夜の時間がなくなってしまう」
シュラは、手伝いの申し出に向かって、ふんと息をはきだした。
文字から目を反らすついでに、なにげなく髪を撫でようと伸ばされた指先の気配から逃げる。
「……いい。オマエはそこで待ってろ。オレは真面目だからひとりでやる」
「拗ねてしまったのだろうか」
「拗ねてない」
カミュが楽しそうに目を細めたのがわかる。
「貴方が終わるまで、私は何をしていればいいのだ?」
「一人で遊んで待ってたらいいんじゃないか?」
「一人で遊ぶとは……何をして遊んでいればよいのだろうか。改めてそう言われると私は思いつかないのだが」
適当に答えたことを、カミュは案外真面目に真に受けた。
シュラは、先程の仕返しと言わんばかりに、にやりといやらしい笑みを浮かべてやった。
「いいんだぞ。書類の合い間に見ていてやるから、一人でしても」
「……先程、真面目だと言ったことは撤回するのだ。少しも真面目などではない」
「そうか?この聖域にオレ以上に真面目なやつなんていないと思うけどな。それになんで撤回する?どんな遊びを思い浮かべたんだ」
そむけられたカミュの横顔を眺めながら、緩むばかりの頬を隠す気にはならない。
早く終わらせて、心おきなく夜を楽しみたい。
そう思いながら、すっと書類の一枚を束から引き抜いた時、一瞬指先が痺れるように熱くなった。シュラは小さく呻く。
「ッ……」
「どうしたのだ?」
「あー…紙が…少し切れた」
「なにッ…それは大変なのだ」
「大変って…別に…」
背けた顔から一転して、すかさずカミュに手を取られ、切れた箇所を確かめるように眺められた。所詮切ったと言ったって、薄っぺらい紙なのだ。薄皮一枚程度で何を。
「…少し血が滲んでいるな。シュラ」
「あー。舐めときゃなおるだろ。舐めてくれよ」
「いかんのだ。意外と大きな怪我よりも、このような些細な傷が膿んでしまったりする。消毒をせねば」
戦いにおいて、動けなくなるぐらいの怪我も、日常の傷も今まで数え切れないほど受けて、回復してきているのだ。かすり傷にすら満たないものなのに、カミュはことのほか、真摯に治療を促してくる。さらりと望んだ欲求すらも、綺麗さっぱり聞き流して。
もしや、カミュこそからかった「一人遊び」で拗ねているんじゃないのか。
「治療っつったって…塗り薬くらいしかない」
「塗るのだシュラ。いますぐに」
頷かなければ、離さないといわんばかりにがっちりと手首を握られて、シュラは渋々立ち上がって、塗り薬を取りにいく。
この調子で弟子達にも、傷を負うたびに促していたのだろうか。
現在の姿を見る限り、そうではないことはわかっていても、弟子達を甘やかすカミュの姿は、あまりにも簡単に想像がついた。いや、「師匠」の心の中では甘やかすという感覚ではないのだろう。
存在を認め、心を許しているからこその庇護欲だ。
久しぶりに手にした塗り薬を、最後に使用したのはいつだったかと考えながら、人知れず頬を緩めた。
幼い頃は、擦り傷や切り傷を負う度に、年を重ねてからは、小宇宙を使用するほどでもない程度の傷が出来た時に使用していた塗り薬は、ここしばらくの間は取りだしたこともなかった。
かたくなっていた蓋をあけ、中身を確かめてから戻る。
半透明のやや黄ばんだ薬を掬い取って、薄皮の削がれた左手の中指に塗りつけた。
ほんの一センチにみたない傷を覆うように伸ばせば、体温と摩擦によって、固まっていた蜜ろうのような塊が溶けだして、てらてらと指先が光った。すっかり傷には塗りつけたものの、掬い取った右の人差指には、まだ薬が残っている。
「カミュ、手を出せ。取り過ぎた」
シュラがそう言えば、監視をするように一部始終の動作を眺めていたカミュは、素直に手を差し出した。
「私はどこも怪我をしていないが」
「手荒れや乾燥にも聞くとサガが言ってたような気がする。塗って悪いことはないだろう。ワセリンだしな」
「うむ、そう言われてみれば」
余分なものをあらかたカミュの手の甲になすりつけ、ティッシュでさらに指先を拭きとる。カミュは、少量のワセリンを何度も撫で、肌に伸ばしていた。
白魚には程遠くても、カミュの手指に節くれ立つような無骨さはない。
丁寧に手入れのなされた爪が肌を滑り、その後は蜂蜜に塗れたようになる。
艶を増した赤い爪の先。それはさながら、ふいの粘液に汚れた時のようにも見えた。
べたつく感触を気にならない程度まで伸ばし終えて、カミュはどことなく満足そうに潤いのたされた手の甲を見ている。
どうしてこの男は、自分の爪を赤く塗ろうと思ったのだろう。
まるで女のように。否、女のたしなみを。
今だかつて、カミュの手指について、問おうと思ったことはなかったが、己の手を見つめる横顔を眺めるうちに、むくむくとシュラは、その理由が知りたくなった。
女でもないのに、女みたいに。何のために。
爪の理由を弟子達は知っているのだろうか。
シュラが、今まで気にもとめなかったのは、それがカミュの手であるからだ。
指先の手入れをすることも、爪に色をのせることにも、シュラは興味がないし、やれといわれたところでのっぴきならない事情がない限り――女神からの勅命については例外として――断固として拒否をする。
もしも、爪を赤く塗っているのが、悪友達であったとしたら、粉微塵に馬鹿にするのは間違いないし、女のように爪を染めている男など、必要以上に踏み込んで、繋がりを作ろうとは思わなかっただろう。そもそも、悪友については勝手に向こうから踏み込んできたにすぎない。思い巡らす視線に気付いて、カミュが不思議そうな眼差しを向けてくる。
「どうしたのだ?傷が痛むのだろうか」
痛いわけなんてないし、言われた通りに薄皮の傷には薬を塗っただろうがと、返す言葉などいくらであった。だが、シュラはおもむろに、一度閉めて用はなくなったはずのワセリンの蓋を、もう一度開けた。指の二本でいさぎよく大量に掬い取ると、べたつく手のままカミュの手を素早く捕えた。瞬時の驚きに見開いていく瞳を眺めながら、指と指を絡ませて、手のひら全体を包み込み、ぬめりをなすりつけながら手を握る。
「…オマエの手かさついてんな」
「…そっ…そうだろうか…」
シュラはカミュの手のひらの感触を確かめるように力を込めては緩め、体温で緩みだしたべたつく油のような手触りを、肌へ押し広げていく。
てのひらに刻まれたいくつもの筋、指と指の隙間、赤い爪の先に艶の膜をこすりつけるように。無言のまま、納得のいくまでシュラは、カミュの手を握り、揉みこんだ。
ワセリンの滑りは次第に、あえかな摩擦の音を生み出して、響かせる。
くちゅくちゅと、ただの液体よりも粘りがあって、肌をべたつかせる蜂蜜を、さも捏ねているような、その音。
「シュラ…その…もう十分に潤ったと…思うのだが」
カミュは落ち着かなさそうに自由な手で髪を耳にかけながら、囁くようにたしなめる。
指の腹でまさぐっているのは、溢れ出る体液でも、蜜でもなくてワセリンだ。
「…なあ。どうして爪の手入れをするんだ」
シュラは、手を捏ねるのを止めぬまま、脈絡もなく問うた。
答えを聞いたところで、シュラにとってはどんな理由であったとしても関係のないことだったから、たいした意味のあることではない。カミュである以上、意味のあることではないが、でも、シュラは知りたかった。
握った手を引き寄せて、唇が額に触れるか触れないかのところで、小さく息をする。
腕を引かれて、抱きすくめられると構えていたのか、カミュはひくりと体を揺らした。
「…何故、そんなことを知りたいのだ」
「なんとなく」
唐突で、ささやかな焦らしに気付き、気に入らないとでも思ったのか、カミュは自分から片腕を腰に絡みつかせてくる。
何故と言われても、知りたくなったのだから仕方がない。
カミュは、握った手をやんわりとほどくと、ぬめる手のひらでそっと手首を握ってくる。潤いは、いまだ肌に全てを吸いこまれてはいないのに「塗れた」手のまま、着ていたシャツの袖口から、さらに先へ侵入する。いくらも触れないうちに、また手首を滑り、てのひらを撫で、爪と爪が微かにぶつかった。
「貴方の背中に爪を立てる為だ」
絡んだ指の中から、また音がする。ワセリンだ、とシュラは内心で己に言い聞かせた。
「……うそつけ」
「……と言ったら、どうするつもりなのだろうか」
カミュは、ぺろりと唇を舐め、珍しく得意気に緩ませる。まぎれもない挑発。
「嘘かどうか…試してもいいのだ」
次に、あえかな音をたてたのは、握って絡め合った手の中ではなかった。耳朶を舌が這う音だ。
「ッ…」
シュラは、ぞくりと肩が竦んだ。思わず、吐息が漏れた。
おかしい。楽しみは、書類を片付けてからのはずだったのに。
「傷に塗る薬ならばあるだろう?」
真面目だなんだと紡いだ唇は、ワセリンを塗ってもいないのに艶めかしく輝いて、不真面目を誘惑する。
「間違いない」
山羊座という立場を置いてふと我に戻った時に、全ての真面目な事象よりも、多少、不真面目な事象のほうが、息はしやすいと思っている。
シュラは、書類はひとまずおいて、爪の理由を聞くことに専念しようと思った。
悪いのは、肌を撫でて傷をつけた紙一枚で、自分じゃない。
さらに付け加えるなら、他の誰でもなく、自分に跡を残すために整えられているという、この手の所為だ。
「maybe I wanna go」
―――そこにワセリンがあった。
たったその一言で片付けられてしまうには、あまりある快感に、カミュは責めさいなまれていた。
「ンッ…あッ…う…く…っ…」
耳に届く粘着質な音も、ただ苦しさばかりを伝えてくるような呼吸も、まるで自分の身体から響いているようには思えなかった。腹の奥が、脈を打つように疼く。酸素は、いくら取りこんでも、吐き出しても足りない。どれだけきつい鍛練をこなしても、ここまで呼吸が乱れはしないだろう。
カミュは、朦朧としていく意識とはかけ離れていくばかりに研ぎ澄まされていく己の肌が恐ろしくなって、身震いをする。蜜をこねまわす音がする。
開いたら、何かがこぼれ落ちてしまいそうな気がして、堅く閉ざしていた瞳に、気配と影が落ちる。真正面から、覗きこむような視線を感じる。見ないでほしいと言いたいのに、唇をついて出てくるのは、声の形すらも為していない。
「…どんな気分だ」
「ッ…あ、…あっ…あ…ン…」
「おい、カミュ。…大丈夫か」
そんなことを問うのなら、きつく握りしめた手のひらを解放してほしかった。
「あう…ハァッ…ぅう…ンッ!」
体内を縦横無尽に這いまわって、的確に息のあがる箇所ばかりを突いてくる指の何本かを、抜いてほしいと思った。
「やめッ…ああ、…あッ!シュ…ラ…!」
己の身の内に、耐えても耐え切れぬ快感を生み出す場所があることを気付かせたのは、紛れもなくシュラだ。
ぐちゅ、と一際大きなぬめりの音が響き、差し込まれた指先が、なお一層腹の内側を擽るように撫でる。
「――――ッ!…ハァッ!…ッ…あッ…いやだ…ッ!」
「いや?ならやめるか?」
嘘をつくなと言わんばかりに、折り曲げられた指が小刻みに動き、カミュはまた強く唇を噛み締めることしかできなくなった。
「…オマエはいやだと言ってもオレの指に絡みついてくる。なんでだ?」
「…しら…な…ッ…のだ…!」
必死に紡いだはずの言葉は、されど、くねるように動く指とぬめりが擦れる音に紛れてしまう。灼熱を堰きとめられている自らの股間から、滴り落ちる蜜液の感触に気付いていても、やたらと音をたてる後孔の異様さは、また己の身体から発せられているものではないように聞こえた。
ワセリンは、シュラの背中にたてた爪痕へ塗ろうとしていたのだ。
カミュは、爪を整える理由を聞かれ、答えた通りのことを、この指戯の前におこなった。
興奮でいきり立ったものを飲み込まされている間、身に蠢く快楽のままに指を動かして、シュラの背に戦い以外の傷の跡をつけた。
それほどまでに抱きあったというのに、息を整え、まざまざと、己の爪跡から滲む二人で貪った欲望の残り香とあらためて向き合った時、カミュは唐突に手首を引き寄せられてシーツへ再び押し倒されたのだ。
カミュが、シュラの背に塗るはずだった薬は、べったりとシュラの両手に塗られて、肌と肌の摩擦を滑らかにする潤滑の粘液と同じ役割を果たしている。
平常に戻りつつあった吐息はまた速度を増して、喉を震わせる。
抱きあう時に施された愛撫よりも、余程長い時間、カミュはシュラの指先に弄ばれていた。
頭の片隅で燻ぶっていた傷を残したことの罪悪感は、あっという間に吐き出すことを押しとどめられて、思考を溶かす焦燥感にすり変わった。
拗ねた、とからかったことにやはり機嫌をそこねていたのかと思案していた心は、もう肉体との境を認識できない程に熟れていた。
やはり、この痛々しいまでに響く掠れきった喘ぎは誰のものなのだろう。身近の気配も、きつく戒める指もなにもかも、一体誰なのか。
肌を重ねて楔で穿たれるのとはまったく異なる快感は、無意識のうちに体内に入り込んで、背筋を粟立たせながら、強烈に理性の扉を破壊しようとしている。
カミュは、重たい身体を捩って逃れることを試みたのに、揺らした腰に沈んでくるのは、バラバラに内壁を掻き廻されて、擦られる快感だけだ。
「あぅ…ああ…ああ…、あ…」
唇から溢れてくる声は意図せずただ漏れていくばかりで、どうしようもなかった。
「中が痙攣してる……指が痛いぞカミュ」
耳朶から飛び込んできた声は、姿など見えずともあからさまな興奮を滲ませていた。
見てはいけない、とカミュは思う。
瞳を開きシュラの姿を、その眼差しを見てしまったら、しんしんと絶え間なく落ちてくる泡雪のようななにかが、一思いに弾けてしまいそうな気がした。腹の底に積もったそばから、それは溶けて駆け巡る血を沸騰させる。
「ン…あ、うぐッ!…ンッンッ…」
ひたすらに快楽の決壊を拒む口元に、ぬるりとなにかが入り込み、吸われて、カミュはあやうくシュラの唇へ歯をたてそうになった。
くちゅくちゅと、心をかき乱す音が共鳴する。
痛みだと錯覚するほどに張り詰め、熱を堰きとめられている下半身、腹の奥にある極点は、弄られているのがわかるほどに、膨らみきっている。
なすがままに貪られる唇に、ただでさえ辛い呼吸はますます苦しくなって、吐き出したいと思うのに緩みもしない陰茎は、悲鳴をあげるように脈を打った。
折り曲げて、突いて、擦るのをやめてほしいと切実に願うのに、あられもなくのたうちまわって、なにもかも弾けさせてしまいたい衝動が、カミュの心に吹き荒ぶ。
「ここ……わかるか?」
問いながら示すように体内で爪を立てられて、後孔から背筋を通って、脳天まで貫いている弦が振動する。カミュは無意識に逃れるように、シーツの上で身体をくねらせる。
「はう……ぅう…はぁ…ハァ…ハッ…」
「こんなところ、鍛えようと思っても鍛えることなんかできないよな」
くにくにと、膨らみを押し上げられて、なかば感心したように呟かれた一言に、カミュはどうしようもなく焦れた。途方もないと思った。
一思いに貫いて、この焦燥を掻き消してくれる堅い楔が入り込んでくるでもなく、燻ぶるばかりの熱を吐きださせてくれるわけでもない。
強弱と緩急をつけて弄ることを楽しんでいた指先は、増した膨らみを揉むように押しあげはじめ、カミュは呼応するように漏れるばかりの浅い呼吸を御することに僅かばかりの意識を傾けねばならなくなった。
「いいか。耐えるなよ。耐えれば耐えるだけ、素直にならなくて辛いのはオマエだからな」
散々、シュラの前で痴態などは晒してはきたものの、あからさまに理性を飛ばして、懇願の淫らな言葉をはきだす姿だけは、見せたくない。
そう思うのに、思えば思う程、時間をかけて指嬲りを施されている身体も心も、限界に近付いていく。
「ハッ…シュラッ…ああ…もう…ダメなのだ…」
「……何が?」
耐え切れなくなって、うわごとのように溢した緩やかな懇願を、シュラはいとも簡単に一蹴した。
聞きたいのはそれじゃないと言われているように、ぐいぐいと擦る力が強くなり、カミュは身体中に込めた力の全てが、下半身に穿たれた小さな穴から漏れでてしまうような感覚に襲われた。ねちねちと執拗な指、のぼせあがっていくばかりの頭、心とかけ離れて暴れ出そうとしている身体。
どんなに激しくシュラと抱きあっても、こんな底が抜け落ちていくような、得体のしれない快楽など味わったことはなかった。体が小刻みに震える。見知らぬ快感への恐怖であるとは認めたくなくても、肌は勝手に蠢いて、がくがくと揺れた。
「オマエが、オレの背中に爪をたてるために手入れをするなら、オレの指先はオマエを悦ばせるためにあるからな」
ふいに、耳朶へ吹き込まれた声に、カミュは思わずハッと瞳を開いてしまった。
悦びなのだろうかと思う。こんな死にそうなほどに辛く、苦しい吐精感が。
暫く閉ざしたままだった視界は、酷くその輪郭を滲ませた。
目を何度も瞬かせて、浮かび上がった視線のその先で、カミュは信じられないほど淫らな己の光景と、興奮しきった笑みを浮かばせるシュラの顔を見た。
激しく打ち震えてわななく己の両足、根元を押さえ、吐精を阻む指先をとろとろと透明な雫で濡らしている屹立した塊。
「う、」
期待するように、真正面から見下ろしてくる艶を帯びた黒の眼差しに晒されて、カミュが思わず呻いた瞬間、一際きつく握りしめられた痛みで腰が浮き上がる。
吐き出すこともできないのに、極めるのだろうか。指だけで昇りつめる瞬間に、頭が冴え渡って、シュラの上気した唇の赤さがやたらと目についた。
彼の長い指が、深く潜り込んでくる。
カミュの身体が理性の元にあったのは、それまでだった。
「ッ!?…あ、ぃ…あ、あ…――ッ!」
次に目に入ったのは、大きくぶれるばかりで定まらない天井だ。仰け反った頭の先で、くしゃくしゃに撓んでいく布のしめやかな音ばかりが耳を打つ。
咄嗟に、掴むしかなかったシーツだけが、カミュにとって冷たいと感じるものだった。
腰の奥から込みあげてきた炎に全身が焼かれているような気がする。
「クッ…すごいな…」
自分では、びくびくと跳ねる身体を押さえることもままならず、シュラが身体ごと圧し掛かって押さえつけようとしてくる。
「―――アッ!…―――シュラ、シュラ…手をはなっ…もう…いや…なのだ…ッ」
「……バカいうな。せっかく出さないでイッたばかりなのに…これからだろう」
一気に押し上げられて、弾けてしまった快感は、射精を伴うものよりもはるかに強烈な跡を残していくのに、引いていく気配は全くなかった。
滲むばかりの視界に、どうしようもない昂りに、カミュは冷静さを失って、酷く狼狽する。
こんな感覚は、いまだかつて味わったことはない。激しい快感はもう、通り越してただ切なく喉元を震わせるだけだった。むせび啼くようにカミュは声を漏らす。
「その声を聞いているとたまらない気分になる。カミュ…もっとだ」
白濁が飛び散ったわけでもないのに、シュラが根元の戒めを緩めながら、擦り上げてくる音は、耳を塞ぎたくなるような卑猥なものだ。鼓膜まで震える。
蠢く指と手のひらの数回。たったそれだけで、また、達した。
「ンッ!アッ!あっ!…触れては…あ、あ、あう…――――ッ!」
目が眩むような頂点に堅く閉じたカミュの目には映らなかったが、あまりにも敏感に極めていく様を眺めていたシュラには、白い精を吐き出すかわりに、陰茎の先端からとろりと溢れた透明な蜜液が見えた。強烈な快感へ抗うように身を捩るたび、鈴口に溜まったそれはつうっと音もなく、指先を濡らした。
カミュが必死で、身の内で続けさまに起こる雪崩のような快感の爆発に耐えている合い間、シュラは、頬を薄ら赤く染めながら快楽に浸るその表情を目にして、ごくりと喉を鳴らした。
「―――ッ!…イイッ…あ…あっ…気持ちいい…―――ンんぅッ!」
胸の尖りを弾かれても、腿の付け根をなぞられても、カミュは一人でに昇り詰めてしまう身体を止めることができない。快感にゆるみきった思考も、なにもかも恐ろしいと思うのにそれをやめてほしくない。もっと欲しい。
「ハッ…ハァッ、ハァッ…シュラ…ああ、イキたい…もう…イくのだ…」
「ああ…いいぞ。何度でもいい」
無意識に、縋るように伸ばした手をシュラは包みこむように握ってくれた。終わりの見えない快感への恐ろしさが薄れたあとに残るのは、導かれた指先に触れたものを欲しがる欲望だった。カミュは、シュラの熱を素直に欲しがっている自分に気付いただけで、また極まった。
「――――っふ!…ンん…っ」
跳ねあがった腰を引き寄せられて、シュラに抱き起こされる。薄らと汗の滲んだ熱い胸に埋もれる瞬間、唇の端から零れた唾液が静かに落ちた。
とろとろと焙られ続けている陰茎が、シュラのそれと重ねられる。
あやすように額へ落とされた唇の感覚を追っているだけで、身体はひくひくと、おさめられたままの指を食み続けているのがわかった。疼く。
止まらない弾けるような感覚と、射精を拒み、精路を塞ぐ、目には見えない氷塊を溶かしたくてたまらなくなる。
「……オレのでイキたいか?」
絡みあう吐息と肌の狭間で、シュラは、自らのいきり立ったそれを見せつけるように撫でまわす。
ワセリンが肌に馴染み、潤んでいくように、耳元で掠れて響いた低音はカミュの身体に吸いこまれてあっという間に溶けていった。もうどこを触れられても、全身でシュラを感じて極まるようになっている。
カミュはもう、なにも考えられなくなって夢中で頷いた。
もう何度目かわからない程度の昇り詰める感覚に息を吐きだして、カミュは自らが残した跡をなぞる様にシュラの背へ腕を廻す。爪の手入れの理由は、これしかないのだ。
「気絶するなよ」
目の前の唇は不敵に歪んだあとに、柔らかく頬を擽る。
ちらりとのぞく、シュラのささやかな気遣いの真面目さに、カミュは酷く興奮した。
「シュラ、優しくっ……優しくしてほしいのだ…」
急く心と共に、上擦っていく呼吸を押さえながらねだれば、シュラは微かに頷いた。
カミュが、その肩先に身体を預けるのと、後孔に熱が宛がわれるのは、ほぼ同時だった。
「もちろん、優しくする」
そう囁いた呼吸と共に、埋め込まれた肉茎はされど、当たり前のように荒々しく侵入して、一思いにずっぷりと貫き、カミュの声を失わせた。息も紡げぬままに、背を仰け反らせて快感に飲み込まれ、あっという間に果てる。
虚ろな頭の片隅で、シュラのあまりの理不尽さを不真面目だと思っても、つかれた嘘も、掻きむしった背中の感触でさえも、甘い言葉と同等のものでしかなかった。
―――それは、例えワセリンであっても、癒すことができない病だ。
快感は、いまだあまりあるのに、足りない。
カミュは、そう思いながら痺れるように続く吐精に心を委ねた。