tesoro

闘いにおける塩と砂糖の関連性について


秘められた宝を、頑丈な鍵のついた木箱へ隠すように、慎ましく閉じようとする入口を指で押し広げる。
覚悟を決めたというようにも、待ちに待ったというようにも聞こえる微かな吐息に背中を押されて、シュラは痛みさえ感じる程に膨れ、張り詰めたものを手にした。喘ぎながらも、視界の片隅にそれが映り込んだのか、小さく喉が鳴った後に、悦い声が聞こえた。
無言のまま、勢いまかせに服を脱いで、多少荒々しく抱きあうやり方もいいが、今夜は肌のすみずみまで舌を這わせて、唇が自由になれば、言葉を囁きあって会話をした。内容は、舌の根も乾かぬうちに、互いに砂糖を食べさせあっているようなものだ。いわゆる、じゃれあいの最中には頬が弛みもしたし、ふざけた後の、実質的に明らかな反応を見せている体の変化に煽られもした。
肉欲まかせのセックスはいわば闘いに近い。
どちらが頭と心を埋めつくす性の衝動に白旗をあげるかの、戦闘のようなものだ。腰を振っている時には、先にカミュを終わらせるつもりでいるのに勝敗は半々で、結果的にはどちらも心地良い最後の感覚を前にして、打ち捨てられる。
行為の最中は必死だが、負けのあとに息を落ちつかせて余韻を楽しむ時間は「満ち足りる」ことの具現化だ。必死であればあるほどに、それは甘く感じる。
セックスにおける無我夢中とは、チュロスの生地に、ほんのわずかに混ぜ込む塩のようなものかもしれないとシュラは思う。
今夜。今のところの過程は、甘さだけなのだ。
目に見える数値にして現すとしたら、百の割合で甘い。
ショコラに浸して食べるチュロスは、微量の塩を潜ませるからこそ、甘みが増して舌を喜ばせるものだ。そう思いながら、抱きすくめていた体を離した。
飲ませた先で、柔らかな肉壁に包まれ彷徨っていた指を抜くと、カミュは声を上擦らせながら見つめてくる。物足りないとねだるように歪む眼差しに、ますます気分は上がった。
汗の浮かび始めた腰を撫でながら、さりげなく体をうつ伏せに反転させようと、手に力を込める。セックスの際に、流れというものは大切だ。
興奮のあまりの早急さは別として、甘さを重視して抱きあう時に、さりげなく下着を取り去って、辺りに漂う雰囲気というものを壊さないように気遣うことは重要なことである。シュラは、カミュと交わした行為の中で、その事実を掴みとった。戦闘において、ほんの少しの殺気と闘気のゆらぎが一瞬で生死を分けること同じように、繋がる時の体勢に移行する時にも、雰囲気を破壊せずになにげなく、すみやかに持ちこむことは大変に重要なことだ。腕に力を込めたまま、カミュの顎先に唇を寄せて、集中を反らす。
「もういいだろう」
背を仰け反らせながら、カミュはまた大きく胸を上下させて、息を乱した。
胸の内でいまだ、という声が聞こえて、シュラは一思いに、シーツの上のカミュを仰向けからうつ伏せへ転換する。
カミュをうつ伏せにシーツへ沈めたあとには、一度覆い被さり密着をして、項から立ち上る肌の香りでさらに心を躍らせようと思っていた。
けれども、カミュは動かない。いつもならすんなりと、されるがままに体を預けてくるはずなのに、まるでうつ伏せになることを抵抗するように、動かない。
うまく腕に力が入っていなかったのかと思いながら、もう一度カミュの体を掴むも、やはり仰向けのままで動かすことができなかった。咄嗟に、おい、と声がでる。カミュは、汗を滲ませながらうっとりとした表情を浮かべたままで口を開いた。
「……聖闘士が敵に背中を見せると思うのか」
その顔から、こぼれてくるなど推測ができない言葉に、シュラはどう答えようかと戸惑う。
「……オレはいつから敵になったんだ」
甘さを含んだ気配が途切れないようにと踏んだ手はずは、ものの見事に砕かれて、色が変わる。
「うむ。貴方は敵ではないが背中を晒すことはしたくはない」
「今までに何回見ていると思っているんだ。それはなんだ。素直ではない様子を演出して煽ろうという魂胆か」
「魂胆などではないが、とにかくうつ伏せにはなりたくはない」
内心の努力が水泡に帰した。シュラは、じっと視線を反らすことのないカミュの顔に浮かぶ決意をひしと感じながらも、深い溜息が出た。
「…後背位が嫌ならさっさとそう言え」
「それが嫌なわけではない。だがしかし、貴方にバックを取られたくない」
どうしてだと、冷静に理由を問おうという「良い雰囲気」への未練と、聞いたところで意味がないという諦めが頭の中で交錯する。このような場合の、カミュの頑なさは揺るがない。
守ろうとしていた雰囲気をいとも簡単に壊されたという不満が積もれば、意地という形に変化をする。
「わかった。絶対にオマエのバックをとってやる」
見せたくない、晒したくないというのなら、意地でも見てやりたい。
「私の背後に立つな」
カミュの返事は、強気の宣戦布告だ。
シュラは、カミュを持ちあげて、力づくでベッドの上へひっくり返そうと、胴を抱えこむように突進する。
カミュはシーツをきつく握りしめて受け止め、爪先まで力を込めて足を突っ張った。
「クッ…!どこにそんな力が!」
「ふッ……シュラよ…私のバックをとろうなど…笑止千万!」
「どの口が言う!手合わせではオレに勝てもしない癖に!」
まずは、シーツから引きはがそうとしていたところを、逆に両足で挟まれて、動きを封じられた。
「それはこちらの台詞なのだ!シュラ!」
「こしゃくな…!」
身長も体重にもさして違いはないが、腹を締めつけるカミュの力は、普段はどこにしまっているのだと思う程にすさまじく、息が止まりそうになる。
ぎゅうぎゅうに締められる胴まわりから、なんとか足を引き剥がそうと、シュラは腕を解放するわずかの隙を探した。ここは外でも土の上でもなく、ベッドの上だ。
カミュとの手合わせの際の応酬で、関節技や締め技に至ることはほとんどないのだが、体術の一環としては仕込まれている。実際の戦闘では、ここまでの至近距離に敵を許した時点で形勢が不利であることは間違いがない。
「……離せッ…!」
「ッ……!絶対に離さぬ……!!」
ぎりぎりと、血管が今にもちぎれそうな音を立てて、収縮する。
こんな力を秘めた男を、抱きたくなって、抱いて、心地良く溺れているのだと思うと、力を込めていたいのにも関わらず、ふと気付いた事実に笑いが込みあげた。
「なにがおかしいのだ」
「っ…いや、なんで華奢でもなく、柔らかい体でもなく、こんな馬鹿力な体が抱きたくて仕方がないんだろうなと思ってた」
カミュを見おろしたまま告げると、さらに締めつける力が強くなる。苦しい、と無意識に声が出た。
「私もそれは日々思っている。なぜ柔らかくもなく、優しくもない腕に抱き締められて、安堵をして、満ち足りた気分になるのだろうかと」
カミュは、そう言って頬を緩めるも、足の力は緩めない。言葉と体は裏腹であることを、まさに体現するかのような行動だ。荒ぶるばかりの呼吸を整えていると、それがいいんだろうなという心の声が、咄嗟に口にでた。
やはりセックスは戦闘とかわりがない。鎧を纏うか全裸なのかの違いなだけで、人との闘いであることには変わりがないのだと思う。ぶつけあう感情の色が、異なるだけだ。
すきを見せたほうが、手玉に取られることも変わりない。
吐息になのか、ささやかなる言葉になのか、カミュは一瞬、隙を見せた。
シュラは、いまだといわんばかりに挟まれた足の間から両腕を引き抜いて逃した。腕さえ自由になってしまえば、胴体を押さえられていようと、分がある。
しまったと言わんばかりに、赤い瞳が刹那の動揺とともに見開かれた。
セックスと戦闘はかわりがないが、今はセックスの場面だ。なぜならば、二人揃って全裸であって、先程まで交わしていたのは闘いの咆哮ではなく、甘い囁きだ。圧し掛かかるように前屈みになれば、おのずと昂りはカミュのよいところに当たる。またカミュが息を飲む。薄らと頬に色がつく。間髪をいれずに、シュラは両手でカミュの頬を包みこみ、顔を背けることができないようにしたまま、唇を塞いだ。目を開いたままで、互いを見つめながら触れあっていると、胴体を締めつける力が弱まるのと同時に、舌が伸びてくる。ひとしきり、口の中で舌と舌を戦わせると、カミュは甘い息を溢した。
「……なぜ、その……なおのこと張り詰めているのだ。貴方は。ただ掴みあいをしていただけなのに」
「あ?聞こえんな」
「嘘をつかないでほしいのだ」
「なにがどうなってるって?だが、そんなことよりも初めからバックが嫌だと言え。なんで嫌なんだ」
「嫌ではない…が。貴方の顔を見たままがよいと思っていたのに、よい雰囲気を無視して後ろからしようとするので腹が立った」
シュラは、にやりと笑う。
「後ろからされると気持ち良くて仕方がないからだろうが」
それを見て、カミュは納得がいかないといわんばかりに眉を顰め、呆れたように溜息をついたあと、頑なな色を溶かした。
「何を笑ってる」
「……何故、私はこんなにも意地の悪い言葉と行動に、それでもほだされるのかと思っていた」
「オレのことが好きだからだろう」
「好きではないが、嫌いでもないな」
「あ?」
カミュの手のひらが伸びてきて、前髪をつま弾いたあとに首に絡む。抱き起こせと言わんばかりにシーツから浮いた背を支えると、ふいに耳元で声が聞こえた。
鼓膜を通り、頭を越えて、胸で理解をした一言は、頬の筋肉を蕩かすように力を奪う。ベッドの上で、向かいあったまま抱きあう腕の力を強めて、シュラはカミュの耳元で、鼓膜にだけ届くように同じ言葉を口にした。
「やはり後ろからしてほしい。私はこんなにも弛んだ顔を見られたくない。聖闘士としては失格なのだ」
「却下だ。もう我慢ができないからこのまま抱く」
あ、とカミュは小さく声を漏らして、縋りついてくる。
チュロスに塩は重要だ。けれども、セックスという闘いにおいては塩と砂糖は関係なく、結局のところ無我夢中なのだとシュラは思った。
生きて、息をしているだけで、カミュは甘い。