Auras Chums

【サンプル①】
脳天へ、重く鈍い一撃が落ちてきた。
思わず全身に力を込めて耐え、大きな音をたてて、足元に投げ出された衝撃の原因となったものを、慌てて拾いあげる。
それは、たった今梯子を登り、書架へとしまった資料の一冊であった。
棚へしまいこむのが甘かったのか。
他の本をさらに別の場所へと片付けるために、梯子を移動させようとしたことで、それは再び手元へ戻ってきてしまったようだ。
うまい具合の直撃は、まるできちんと片付けろとでも言われているようで、私は適当にこなしていた任務への意識を悔い改めなければならなかった。
もう一度、今度は注意深く、膨大な記録が詰まった書架の隙間へ本を戻す。
それなりの高さから落ちてきたとはいえ、本は本だった。拳ではない。
執務をこなすサガが、身の回りへ溜めに溜めこんだ資料を片付ける作業をこなすうちに、脳が揺れるような衝撃の余韻と微かな痛みは消えていき、私は頭に受けた一撃のことなど、すっかり忘れた。
途中で心を引き締めた所為か、その後に本が棚から落ちてくるようなこともなく、相当の数の資料達は、また書庫で深い眠りについた。それで、私の成すべきことは終わった。
双魚宮を過ぎ、自宮を通り過ぎてしまえば、そこから先で足を止める場所は決まっていた。
私が書庫から戻るよりも先に、自分の執務を終えていたシュラは、すでに酒瓶を片手に飲み始めている。気配で気づいているのに、素知らぬ顔で酒を口に運び続ける姿が、私の子供じみた競争心に火をつけた。
あえての無言を貫いて、隣へ勢いをつけて座る。
「ああ、喉が渇いたのだ」
視界の隅に映り込む眼差しに見守られながら、その手に握られていたグラスを奪って、残りを煽った。
鼻に抜ける独特の香りと、強い酒精が喉を焼き、腹の中へ落ちる。
ワイングラスであるというのに、中身はよく冷えたウォッカだった。
「全部飲むなよ」
「ああ、すまぬ。貴方の酒であったのか。喉の渇きに耐え切れないあまりに」
気付かぬ振りの仕返しに、シュラは嬉しそうに目を細めた。
「それならもっと飲むよな?喉がどうしようもなく乾いているんだろう」
強引な腕に腰を抱かれ、酔い始めている体温は、すでに上昇していた。
酒瓶を高々と掲げて直接口に含み、ウォッカ塗れの潤んだ舌を差し入れてくる。酒は飲み干したというのにいつまでも唇は離れていかず、ひとしきり貪られてからやっと解放された。
「遅かったな」
「資料の整理に手間取ってしまった。あまりにも数が多くてな」
私が来るまでにどの程度の酒を嗜んだのかはわからなかったが、行動からすでに、素面ではなくなっているようだった。
「そろそろアイオロスの溜めこんだ資料も片付けないと駄目だ」
言葉とは裏腹に、緩み始めた聖闘士の額をめがけて唇を与えると、ますます腰を抱く力が強まる。
「食事は先にすませたのだろうか」
「まだだ」
「空腹に、ウォッカなど口にするからそのようなことになる」
「そのようなとはどんなことだ」
わかっている癖にと私が囁く間に、シュラは体重をかけて圧し掛かってきた。このままでは食物を口にする前に、別のものを含まされる。それでは、困る。
物理的な酔いと、精神的な酔いにまかせてまどろむ時間の最中に、腹の虫は出過ぎた真似をするからだ。
「まだ夜は長いということだ」
高揚する肌をやんわりと押し返してから、怪訝な顔のシュラに「キッチンをあさってもいいか」と尋ねると、眉間に皺を寄せながらも「構わん」と短く返事をする。
私は適当に肉と野菜を焼いて多めに塩を振り、硬くなりかけているチーズを削いで、中身が残り半分のアーモンドとピスタチオの袋詰めで腹を満たすことにした。
一度口まで運んでしまえば、欲望に関する行為は止まらない。
それなりに空腹であったのか、シュラは黙々と目の前にある食いものをたいらげて、流し込んだ。とどこおりなく食事をすませ、酒瓶から注ぐものもなくなれば、おのずと身近なもので、口寂しさを紛らわせるしかない。
「ベッドへ行くか」
ただ一言を囁くのに離れた唇が、もどかしい。私は酔っていた。飲み慣れた酒でそうそうに酔うわけもないが、酔いがまわっていた。
「唇を離したら負けだ」
何ごとかを言いかけたシュラに、舌と両足を絡ませて、黙らせる。
ふいうちをしたところで、こんなときの彼は聡い。言葉にすれば、必ずや自分はいつだってそうだという反論をするのだろうが、それにしてもこのような時には、すぐさまこちらの意図に気付くのだ。  全身ですがる私をあっさりと、シュラはソファから抱えあげた。

母猿の胸元で、必死に離れまいとしがみつく子猿のような気持ちになりながら、密に接する距離であるのに、私達は意志を伝えるのに小宇宙を介する。
(負けたらどうする)
(明日、丸一日の服従というのはどうだろう)
背を支えていた腕がすかさず緩む。私は、すぐさま猿から蛇に変化をする。
もう二度と離れることのないように絡み、締めあげて、黒髪の襟足を握りしめた。痛みを訴える小宇宙の舌打ちとともに、シュラはゆったりと歩みを進めた。動くほうが酸素を多く必要とする。
私はできるだけ無駄な動きをせぬよう唇だけで、歩くという動作をしている体の呼吸を奪う。
支えることをやめた癖に、腕は無意味に尻をまさぐりはじめ、不必要な声をあげさせようとしていた。それはあまりにも卑怯だ。睨むと撓んだ目をわざとらしく反らす。ごまかしにさえなってはおらず、私は蠢く舌先を噛んだ。
寝室の扉を開けた時には、服の上からでもシュラの下腹部の高まりがわかるようになっていた。
容赦なくシーツへ放り出そうとするのに抵抗し、緩やかに落とされながらも首筋を引き寄せてしまうと、結局どちらから離れることもなく、目的の場所へついてしまった。

【サンプル②】
「おい、離せ」
「構わないのだ。もう随分と貴方に我慢をさせている」
「俺が好きで耐えているだけだ。でも、今日はまずい。かなりまずい」
ただ抱きあって眠るだけでも、シュラが緩やかに反応をしていることには気付いていた。
熱を見せた次の夜には、あらかじめ謀ったように、無反応であることも。
「よいのだ。シュラ」
私は、拒まれる前に彼の下着の中へ手を差し込む。灼熱の溶岩を押し固めたような屹立がそこにある。指を這わせただけでシュラは辛そうに目を細め、唇を噛み締める。
耐える夜に焦れたのは、こともあろうに私のほうだった。
「……口がいい」
シュラは、躊躇いがちに、だがはっきりと願望を口にする。
私はやんわりと腕を擦りぬけて、脇腹から道筋を辿ることにした。
シュラはすっかりシーツへ体を預けて、期待の籠った指先を覆い隠すように、私の髪に絡める。どれだけ耐えていたのだろう。下腹は薄く汗ばんでいて、舌を這わせると安堵をするように震えた。
何度も唇を落として、何度堪えられたのだろう欲望を慈しむ。
シュラの呼吸と、私が這わせる舌の音だけが今は、心おきなく重なりあうことができる恍惚のひとひらだった。
頬で黒い叢の湿りを感じるまま、骨の強張りに誘われながら、私はまるで初めて秘密の園へ踏み入れるような神聖な気持ちで、下着の中に潜む形と対面する。
「今さらじっくり見るな」と頭上から苦言を溢されても、私の気持ちはどうしようもなく初心なのだ。快感という欲望を持ち得ぬままに、愛おしいものの姿を捉える。
それは言いかえれば、ただ崇高な神へ無条件に膝を折ることと、同じなのかもしれなかった。
目の前にした欲望の情熱と、私の抱える冷静さは、今まで感じたこともなかった奇妙な温度差である。
浮かびあがるシュラというディティールは、ぴんと張り詰めたような緊張を孕む、冴え冴えとした見てくれであるにも関わらず、私の頬を荒々しい鋼鉄で打った。
指先で耐えた証の雫を掬いながら、私はそっと唇を彼の窪みに合わせる。
大きく吸い込まれた息と、その瞬間に得た熱の味に誘われるままに喉を開き、口に含める限界まで飲み込んだ。鼻から抜ける彼の匂いは、次の一手を考えていた私の思考を蹴散らしていく。
粘膜で先端の滑らかな丸みを感じれば、飴玉を転がすように舌先で弄びたくなり、剛直なる支柱に口端を擦られれば、奥深い根元まで、欲しくなった。