keep it real !

クールにいきろ、それから素直に

幼少
アフロディーテとアイオリアとミロ


ここのところ、暑いのだ。
暑くて暑くてどこにいても暑いから、一番涼しいのはどこかというと、薔薇を支える、ちっとも丸くなんて感じない世界の表面。
「……私になにか用があるのか?」
日増しに強くなる小宇宙に反応をするように、範囲を増している自宮の薔薇の緑に囲まれながら眠っていたアフロディーテは、目を閉じたまますぐ傍にいる幼い気配に話しかけた。
カサコソカサ、とたくさんの緑のざわつく音がして、それからぴたりと止まる。
「……みつかった」
そして囁く緑と土のかわりに、張り詰めていた糸が切れたようなため息と、あーあ、という声が聞こえてきた。
「なにやってんだよリアのバカ!」
「ミロがおすからだろ!バカ!」
「おしてねえよ!おまえがかってにうごいたんだろ!」
「ちがっ…!なんだよもうすこしだったのに!」
当人達はいたって小声で囁いていると思っているのだろうが、こそこそと隠れて言い合いをしているつもりでもしっかりその声はアフロディーテの耳に届いているし、気付かれないように薄く瞳を開けた視界の先で揺れているのは、夏の日射しを浴びてますます光り、ふわふわと風にそよぐ金色と、薄金茶のくせ毛の頭。
「こえがでっかいんだよおまえ!…シャカとあそべますようにっておねがいすんだろ!」
一際ほわんと金色が跳ねて、聞こえてきた口の悪さに、アフロディーテは呆れる。
ここのところのミロの口の悪さの原因が、確実に垣間見えた気がした。
「う。…そ、それはそうだけどさ!いっつもミロのせいでばれちゃうんじゃないか!もうこんなこそこそしなくてもアフロディーテにさわらしてっていえばさ…」
そわそわと左右に揺れる薄金茶はやっぱりあの子が可愛いのかと、緩みそうな口元を堪えながらアフロディーテは、そしらぬふりをして呟いた。
「願いごとを聞いてもらうなら、私の願いごともかなえてくれないとねえ?…まあ、ひとりごとだけど」
「リア、いってこいよ」
「ミロだって……いけよ」
「やだ。ぜったいぼこぼこにされる」
「おれもやだ。…あれじゃん、シュラにおねがいしててつだってもらう、」
「シュラもなあ、きっと手伝って、なんて言ったらきっとものすごく怒るだろうなあ…怒ると怖いんだよなあ……シュラ」
密かな会話を遮るように、もう一度、アフロディーテはひとりごとを言う。
「それほんと?」
「いつもやさしいけど、たんれんさぼるとにいさんのつぎにこわい」
「げー」
コロン、とアフロディーテは二つの声がする茂みに顔をむけるように寝がえりをうつ。
瞳は閉じたままで、さあ、どうぞと言わんばかりに左の目元がよく見えるように。
「……ああ…またねむくなっちゃったなあ…ねよ」
「………………」
「もうすこし、うぐ」
「シッ!リア!シッ!!…ねちゃうまでしずかにしてろ」
「う。ううう」
恐らくミロの泥だらけの手のひらで口を押さえられたのだろう、アイオリアのくぐもったうめき声が聞こえてきたあとまたもそもそと動く気配がして、途端に静かになる。
おしゃべりをやめたところで結局気配があるからね、とアフロディーテは寝た振りをしたまま内心で思うが、頬に当たった土の感触が柔らかくてひんやりと気持ちがよかったから、もう少しつきあってあげるよと心に決めた。
雨ばかりが続く毎日で、外で遊べない退屈な子供が思いつくことは突拍子もなくて、でも単純だから、あっという間に伝染する。
雨が終わって、暑くなりだしたのと同じくらいに、ここのところのアフロディーテは、年下の幼子達にとある理由でまとわりつかれていた。
鍛練の最中も、食事の時も、昼寝の時にも、アフロディーテの廻りには、誰かしらがこそこそと潜んでいる。
でも、やんちゃな蠍座と獅子座の確率が一番多いのをみると、言いだしたのは、きっとそこに隠れているうちのどちらかだろうな、と想像するにたりるような内容でもあった。
「…アフロディーテ、ねちゃった??」
「どうかな…ねえリア…おれなんだかのどかわいた。みずのみたい」
「え~いま?いまのまなきゃだめか?」
「…うん。あつくてとけそう」
「もうすこししたら、きっともっとアフロディーテねちゃうから…」
「うー。…じゃあおれみてるからリアみずくんできて」
「ええ~なんでだよ。そうやってじぶんばっかりさわっておねがいごとするんだろ?ずるい」
「しねえよ。…もういいからもってこいって」
「…お、おとこのやくそくだからな!さわらないっておとこのやくそくだからな!」
「あったりまえじゃん!おれもおとこだ!」
「…いってくる。」
「おとこならふりかえるなよ!リア!」
「わ、わかってるよ!!」
太陽を浴びた土の香りと柔らかさを堪能するアフロディーテの近くから、気配が一つ、ゆっくりと離れてそのまま駆けていく。一人残ったミロは、息を潜めて緑の中へ潜伏し、アフロディーテは真っ向から隙を伺う視線を浴びた。
初めはやけにじゃれついてくるな、と感じでいただけだったのに、やたらと覚えたての小宇宙を纏った人差指がつつこうと狙うのは、気付けば左の目元ばかりだった。
「…ミロが考えたんだよな。もうバレてるからでてきたら?」
「むり」
「なんで。出てきたらもしかしたらさわらせてあげるかもしれないよ」
「……うそだもん」
「なんで嘘なんてつく?嘘ついたってしょうがないし、それよりも君は私のほくろにさわりたいんじゃないのか?」
「……だって、うそだもん」
アフロディーテが話かければ答える癖に、ミロはあいもかわらず緑の中から姿を見せない。
「嘘って。それならミロだって嘘をついたじゃないか。私のほくろをさわってお願いごとをしたって叶わないからね」
――お前のほくろをさわって願いごとをすると、叶うんだってさ。
あからさまにアフロディーテへつきまとう皆の姿が目についた悪友は、やはりほくろに触りたくて、でも触っていいものか、と躊躇していた幼子を捕まえて聞きだした。
一体誰がそんなわけのわからないことを、とは思ってみたものの、どことなくわかるような気もするし、でもやっぱり意味はわからなかった。
どうしてほくろなんて。
こんなものに触れたところで、とアフロディーテはミロに向かって呟いた後にそっと指で触れてみる。
こうして触れただけで願いごとが叶うのなら、いくらでも叶えてほしいことなんてある。
「…まったく。君らばっかりならいいけど、昨日なんてアイオロスまでさわってこようとしたんだ。あと、サガも」
話しかけてもずっと黙ったままのミロの気配が、少し強めた口調でしゅん、とするのがわかる。
「……おこったか?」
「怒ってないよ。怒ってないけど、なんでそんなことを言いだしたのかと思うよ。ミロ」
「だって、アフロディーテうそつきだから」
先程まで、アイオリアと話していたときの勢いはどこへやら。
ぼそぼそと気まずそうに返ってきた言葉は、でも嘘つきの一点張りで、アフロディーテはミロに聞こえるように溜息をついた。
「今、理由を聞かせてくれたらさわらせてあげようかと思ったけど、絶対さわらせないからね」
「エッ、やだ」
「やだじゃないよ。私がきいてるのに言わないんだから。うっかり君らにさわらせるほど私は弱くないんだぞ。…もう私がこのまえ言ったお願いごとを叶えてくれるしかほくろに触る方法はないね。」
「……だっておれ、しちりあなんてどこにあるかわかんねえもん!…デスマスクにバカなんていえねえよ…いったらおれぼこぼこにされちゃうもん。」
「じゃあ、君のお願いは叶わない」
「それはやだ!むり!」
「じゃあ、デスにバカって言ってきてよ。それが私の願いごとだって言ったよね?」
「うう…。でもやだあ」
怒っているような素振りを見せても、残念そうな素振りを見せても、揺らぐ隙を見せないミロへ、アフロディーテは手を変えて、今度は声音を出来るかぎり穏やかに餌で釣る方法を試みる。
「アイオリアが戻ってくる前に、理由を教えてくれたら、ミロにだけさわらせてあげるよ?」
「それは…だめだ。おとこのやくそくだから…」
「……実はこの間、シュラに捕まえられてきたカミュに、こっそりさわらせてあげちゃった」
「うそ」
「だから私、カミュのお願いごと聞いちゃったんだ。ミロはカミュのお願いごとしりたくない?」
「……う…ええ…でも…」
アフロディーテが、カミュ、と名前を出しただけで、ミロの気配は面白いように落ち着かなくなった。
緑の向こう側から、ああでもこうでもないという、苦悩の声が響いてくる。
このまま放っておいたら日が暮れるまで悩んでいそうな気配に、つい声をあげて笑ってしまいそうになるが、それは耐えた。
「うう…カミュのおねがいごとは…ああ…なんだろう…」
「ミロ、ミロ…ごめん、うそ。」
「……!」
「カミュにさわらせてあげてないし、お願いごとは知らないよ」
「ほらあ!やっぱりうそつきじゃん!!うそつきアフロディーテ!なんだよちきしょー」
「ごめんごめん。だってミロが教えてくれないからさあ」
「だって、うそつき!」
「それはわかったてば。ミロもがんこだなあ。本当」
がんこってなんだ、と聞こえてきた声にはあえて答えず、アフロディーテはぱちりと瞳をあけると寝ころんでいた地面から上半身だけを起こした。じっと様子を伺うように、ミロの隠れた茂みを見る。
「……もう暑いからでてきたら。アイオリアも戻ってきそうだしこっちは涼しいよ。さわらせてはあげないけど一緒に昼寝でもしよう」
アフロディーテは、またうそつきと言われないように出来る限り優しい声で、土の上は以外ときもちがいいんだよ、と続けた。
その声に言葉は返ってこないが、大きく葉の擦れる音と共に、ちょこんと緑の隙間から金色の頭と顔が出てくる。
「ほんと?」
「本当」
「ねえ、やっぱりさわらして」
「……やあだよ」
もう本当にしつこいな、とくすくすアフロディーテは笑って、ミロの丸くて大きなインディゴからの視線を受け止めた。まだまだ頭も身体も幼いというのに、そんなに何を願うことがあるのかと、真剣な瞳が少しだけ気にもなった。
「……じゃあ、さわんねえから、おねがいごとだけしていい?」
どうせクッキーがいっぱい食べたいとか、アイオロスみたいにカッコよくなりたいとか、そんなお願いなのだろうとは思うけれども。
「ん?…そうだねえ…」
「デスのとこにはいけないけど、おねがいごとかなわなくてもいいからきいて」
生ぬるいが、暑さを流す風が緩やかに吹く。
ふわりと風に撫でられて揺れた薄水色を、アフロディーテは手で梳いた。
「私に教えちゃっていいの?教えてくれても叶うかなんて私にはわかんないよ」
願うだけで叶うのなら、きっとたくさんのことは現実になる。
でも、それが全て現実にならないのは、叶える力も何もないから。叶えられるだけの力がないからと、アフロディーテは思う。
例えばもっと大人であったら。例えばもっと強かったら。聖闘士になるための修行なんてしなくてすむし、行きたい場所へどこへだって行けるのだろう。
ぼんやりと、アフロディーテは髪を撫でた手のひらを見る。
ミロはまた一歩、茂みから足を踏み出した。
「いい。あのな、おれな、デスがいないうちにアフロディーテといっぱいあそびたい。…アフロディーテ、デスがしちりあ?いっちゃってからげんきないから、おれとあそぼ」
「……べ、別に私はいつもとおなじだよ。」
突然聞かされたミロのお願いが、大きく予想に反したことと、シチリアがどこにあるかもわからない癖に、という心の呟きが混ざり合い、アフロディーテは驚いて言葉に詰まった。
じっとアフロディーテを見つめていたミロは、ニンマリと嬉しそうに笑った。
「ほら、うそじゃん!うそつきアフロディーテだやっぱり」
「嘘じゃないし。別にデスがいようがいまいがどっちでもいいし」
「デスがいると、アフロディーテとあそべないからさ!なあ~アフロディーテあそぼ~」
そしてミロは、カサリと薔薇をかきわけて、地面に座り込んでいるアフロディーテのところまでとことこと歩いてくる。すぐ傍まで近寄ると、またニッカリと笑ってみせた。
「…っていうおねがいなんだけどさ、かなう?」
「…さあね。暑いし私は眠いし…ここで昼寝ならいいけどね」
「じゃあ、ひるねおわったらあそんでくれる?」
「…もうそれお願いじゃなくておねだりじゃないの?」
ミロがあまりにも嬉しそうに楽しそうに笑うから、アフロディーテもつられて小さく笑う。
「お、おねだりじゃないし!おれとリアと…もうみんなであそべばいいじゃん。みずあそびしよ」
「ほおら、やっぱりおねだりだよ。水遊びかあ…まあ、暑いからいいかなあ…」
「ほ!ほんと!?…へへ。やくそくだぜ!」
「昼寝しすぎないで、ちゃんと起きたらのはなしだよ」
「おきる!おれぜったいおきるもんね!」
ぱあ、とますます瞳を大きくさせてはしゃぐミロはまた、太陽の光を浴びてきらきらと光っている。
「ああ、もうわかったわかった。元気だね。ミロ」
「おれ、なつだいすき!いっぱいそとであそべるもんね!」
「じゃあ遊ぶ前に昼寝だな!」
「うん!するー!おれひるねする!」
もう何を言っても、微笑みかけても、はしゃぐミロの腕をアフロディーテはそっと掴んで大人しくさせた。
「じゃあ、起きたら遊ぶっていう男と男の約束をしようよ」
「おお!おとこどうしのやくそくだな!する!」
「起きたら、ミロと一緒にあそぶ」
「うん、うん!」
「ミロも、皆と一緒に私と遊ぶ」
「うん!あそぶあそぶーーー!!!」
「よし。じゃあ、その誓いにさわっていいよ」
「うん!う…う?…え、え、いいの?」
「いいよ。だって私のほくろは願いごとは叶えられないけど、男と男の約束の誓いをするためにあるんだ」
「そ、そうだったのか!?…すっげえアフロディーテ!」
「だから、さわったら絶対に約束を守るんだよ。ミロ」
「お、おれぜったいにやくそくはやぶらねえ!だっておとこだからな!」
「じゃあ、はい」
聞かされたほくろの真実に興奮気味なミロの前で、アフロディーテは瞳を閉じて、ほくろを触りやすいようにミロを見上げる。コクリ、と小さく生唾を飲む音がしてそれから少しの間、何も起こらない。
「ほら早くさわりなよ。さわりたかったんだろ?」
「う、あ…どうしよ…なんかどきどきする」
「ドキドキなんてしなくていいから、早く。首いたいよ。」
「う、うう……」
またミロの苦悩の声は聞こえてきて、でも、それからすぐにえいッと小さな声と共に、左の目元を撫でられた感触があった。あれだけ熱心につけ狙っていたのに、柔らかく幼い手が触れてくる感触は、意外なほど穏やかなものだった。
そっと指先の気配が離れていくのを感じ取り、アフロディーテは瞳を開く。
「どうした。顔が真っ赤だぞ」
「う、お、おとこどうしのちかいだからな!…ああ、でもおれさわっちゃっ、」
まず真っ先に目に飛び込んできたのは、暑さに茹であがったように頬を染めた姿。
それから緑の向こうで口をあんぐりとあけたまま、じっと見つめている薄金茶の髪、の。
「あ、リアだ。リアも一緒に昼寝しない?」
「ああああ!!み、みろー!さわってた!いま、いま…!ずるい!うそつきー!」

それから数時間後、今日はやんちゃな奴らの姿も見なければ、他の奴らの姿も見かけないな、と探すアイオロスが気配を辿って双魚宮へ来てみると、ひんやりと影をつくる薔薇の緑の中で、揃いも揃って自由気ままに昼寝をしていた。
「……なんだ、いいな、昼寝」
シャカはアフロディーテの腕を枕にして、アイオリアはアフロディーテの腹を枕にして、ミロはアイオリアの腹を枕にして、ぐうぐう寝ている。
誰かの腹の上で眠っていたり、足で蹴られていたりと、見ているだけで暑そうなのだが、寝心地の悪そうにしているのは一人もいなかった。
それはシュラの腹を枕にして寝ているカミュのおかげなのか。
アルデバランは寝ながらもそもそと動くミロに蹴られながらも、気持ち良さそうに寝息をたてる。
そうすると、カミュの太ももを枕にして寝ているムウが一番涼しいポジションなのか、とアイオロスは、昼寝の輪の居場所を探した。
「よし。ここだ!俺もまざるぞ!」
そして、アフロディーテは、心地よい土の上で夢をみる。
夢の中でたったひとつの本当の願いごとは、ちゃんと叶っていた。