芋虫が芋虫たるゆえんは、春になったら蝶になって空を飛ぶためなのだ。
そう言いきった芋虫は、ベッドの上で生息し、毛布の殻に包まっている。
芋虫といったら鳥や他の虫などの天敵を欺く為に気色悪い見た目のものが多いのに、薄水色の柔らかい体毛と桃色の唇は思わず顔が弛んだ。
「で。オマエはいつになったら芋虫からちょーちょになるんだ?」
「……もっと暖かくなって、裸足でも指が冷たくならなくなったら」
「残念だが春はまだ先だ。じゃあな」
「おい、ちょっと待て。その手に持っている苺はおいていくといいぞ?芋虫の大切な栄養源だ」
「芋虫って苺食うの?だが駄目だな。これは芋虫じゃなくてロディに食わせてやろうと思ったんだ。芋虫如きにはやれねえ」
「知ってるか?デス。芋虫は苺を食べないと蝶にはなれないのだ。だからそれをよこせ」
毛布に包まる麗しい芋虫は、ごろりごろりとベッドの上を転がって、もぞもぞと這って近づいてくる。
「蝶になっちまったらアレだろ。花から花を飛び回って甘い蜜ばっかし吸うようになるんだろ。ひらひら飛ぶのは綺麗だがそんなに色々蜜吸われちゃオレ悲しくなっちまう。ん、この苺まだ甘くねえ」
「ふふん。そんなの決まっているだろう。蝶は蜜を吸うのが仕事なのだ。致し方ない」
「芋虫ちゃんはどんな花が好みなんだ?髪が長くて年上で双子で、執務室に咲いてるやつか?」
「ああ。そうだなあ。どっちかっていうと双子の兄の方が好みだな。最近は赤くて冷たくて愛らしい花も好ましい」
「そりゃオマエ、人様の花はうまそうに見えるってやつだろ。やめとけやめとけ」
「そんなことはない。いいじゃないか。私が彼の蜜を吸うだなんて。麗しいことこの上ないと思わないか?」
「あー。まあ、見てる分にはいいんじゃねえか。見てる分には」
「私が蝶になったあかつきにはそんな麗しい様を思う存分に見せてやるからその苺をよこすがいい」
「ヤダ。麗しいだけで少しの色気のねえもんに苺はやれねえよ。欲しけりゃ色気だ色気。欲しいなら欲しいっておねだりしてみな芋虫ちゃん。そのかわりイヤらしくな。まあ毛布に包まってたら無理だろうけど」
「……チッ」
「いやだ、今の芋虫の鳴き声?」
「シュラの真似。芋虫をイヤらしく啼かせたいのなら、揺るぎない努力が必要なんだぞ。デス」
「努力、ねえ。こうやって、寒くてベッドから出たくねえって言ってる奴のところまで甘いものを運んでくるのは努力のうちに入らねえわけ?」
「ベッドから出るのもイヤにさせたのは誰だい?勘違いをしないでくれ。別に私は寒くて動かないんじゃないんだ。本当は動きたいのに動けないからだ」
「へえ、何で動けなくなっちまったの?誰?誰のせい?」
「いつ見てもその顔は下品だ。」
「ちゃあんと誰に、何をされて、どうしてそうなっちまったか言ってみな?答えによっちゃあ苺やるよ」
「ふん、言うだけなら安いものさ。幾らでも言ってあげるよ昨日の事。まず、物凄く息を荒げながら私をベッドに押し倒して」
「ちょっと待て。ちょっとソレ違くね?ハアハアしてたのオマエだろーが。別に昨日は抱きたいとか思ってなかったのにベッドの中で足絡ませてきたんだろ」
「違う!私はシーツが冷たかったから温かさが欲しかっただけで別に欲情なんかはしていなかった。足絡ませたぐらいで発情するな。動物みたいに。イヤらしい」
「動物だあ?珍しく後ろからしろっつって、そのままシーツ汚したの誰だっけえ?寝る前にシーツ取り換えてやったの誰だと思ってんだ」
「蟹」
「蟹じゃねえ!ったく甘いもんでも食ってねえとやってられねえよ」
「ふん。ありがたいことだと思ったほうがいいぞ。甘いものさえ食っていれば成り立つ人生なんだ。蝶よ花よで私を愛でているからこそ、オマエの人生は成り立つということだ。だから苺!」
「えーーマジで。マジで?オレの人生ってそういうもん?」
「嬉しい癖に何を言う。あっ!ちょっとソレは私の苺だろう!」
「やーべえ。この苺マジうめえ」
「ああ、汚された……。それを食べないと蝶になれないのに」
「ああん?半分羽化してんだろ。オマエ丸見えだぞ」
「見るな触るな目を閉じろ。そして食わせろ」
「どれ?コレ?オレ?あーそんなとこにも痕付けたんだっけかな。まあいいや」
「ちょ……ッ…」
「ン、苺の蜜はうまいか芋虫ちゃん?早く蝶になってオレの蜜も吸ってくれよ」
「……ふん、吸って欲しければもっと持ってきなよ。こんなもんで足りると思ってんの」
まだ春は遠いのに、芋虫はばさりと下半身に絡んだ毛布を捨て、白肌を晒して羽化をする。
羽化したばかりの蝶は繊細で、繊細だからこそ唇の隙間から零れた苺の蜜は、赤く赤く肌を伝った。
「やっぱりコレ成り立ってんな」
麗しい芋虫を蝶よ花よで育てる日々は、今日も過ぎゆく。