100000Hitリクエスト ※R18

アイオロス×サガ 

リクエストを頂いたD様へ捧げます☆


人影のない闘技場で、アイオロスは目の前で次々と繰り出され、交わされていく拳と蹴りの数を、ぼんやりとかぞえている。
向かい合い、先に仕掛けたのはシュラで、それからしばらくは一方的に攻め続けていたが、十を過ぎたあたりから、それまで防戦一方だったサガが初めて動く。
終わりの見えない執務の合い間、せめてもの息抜きにと、サガと連れだってアイオロスは外にでた。ここ二日ばかり教皇の間に籠りきりで、椅子に座りっぱなしだった体は、ついに背もたれと同化したかと思うほどに凝り固まっていたが、無事に椅子から立ち上がって、太陽を浴びることができた。
時間にしたら数十分、小一時間程度。二人でそこらへんを歩いて気分転換をはかろうと思っていたのだが、久しぶりに太陽の光を拝んだ心は、戻ることを拒んだ。歩くだけでは飽き足りず、もう少し体をほぐしてから、太陽の光を浴びないと気が滅入るなどと理由をつけて、執務を気にするサガに鍛練着を貸し、着替えをさせてまで闘技場へ引っ張って連れてきたのに、どうしてか自分はまた、地面の一か所に腰を落ち着けて座りこんでいる。
十一と十二手目のサガの攻撃は、蹴り上げた勢いで体勢を崩したシュラを追い詰めるような軸足を狙った蹴りと、体の重心である胴を振り払うような拳だ。
一秒にも満たない刹那の差で足を払われた体は地面へ向かって倒れ込んでいく。念には念を押してとでもいうように、さらに放たれた拳は恐らく、サガがシュラの動きを読んでいたからだ。おいそれと、足を払ったくらいでは崩れ落ちないバランス感覚を持ち合わせていることを知っているからだ。視界の隅に映ったのだろう追随の拳を見て、微かにシュラが舌打ちをする。でも、シュラもサガのその攻撃を読んでいる。地球の重力に引かれるままに、地面すれすれまで沈んだところで片腕をつき、腕一本で体を跳ねあげて、くるりと横飛びに身を翻して、体勢を立て直した。起きあがり様、サガへ蹴りをいれようとしたところがシュラらしい。アイオロスは、十五手目を予想するも、そうしている間に小競り合いの攻防が続き、面倒になって数えることをやめた。まるでむきになっているように、シュラは拳を繰りだしていき、サガはことごとく交わす。重さのない、手数の多い攻撃はシュラらしくない。アイオロスの読みが正しいとでもいうように、手合わせだというのに、シュラの身体から小宇宙が立ち昇る。肌から汗が滲むように高まっていくそれは、シュラ自身ですら気付いていないように見えた。
アイオロスは、地面から腰を浮かしかけて、サガを見る。直接拳をあわせているのだから、気付いていないはずはない。
「シュラ!どうした!拳が軽いぞ!」
サガが、ふいに口を開く。でも、その唇から放たれたのは、溢れ出る小宇宙を指摘する言葉ではなく、さらなる攻撃を促すようなものだった。
シュラの眉間がぴくりと動く。さらに小宇宙が揺らぐ。
対して、サガから小宇宙の高まりは感じられない。
まったく同じように拳で殴りかかったとしても、小宇宙を纏ったものと、そうでないものとの威力の差は当たり前のようにことなる。今まで握りしめられていたシュラの右の拳が解かれて、手刀を繰りだした。瞬間、小宇宙の刃がサガに向かって飛んだ。シュラが放つ刃。それは聖剣でしかない。
「ッ……!?」
アイオロスの目の前で、手刀を放ったはずの本人が、息を飲みながら驚愕した。
「サガ!」
咄嗟に名を叫ぶのと、サガが、気合いを込めた一喝と共に、素手で襲いかかってきた刃を薙ぎ払うのは、同時だった。
小宇宙すらも高めず、片腕でいとも簡単に。弾かれてあらぬ方向に飛んだ聖剣は、もうもうとした土埃を巻きあげながら轟音を放ち、地面を震わせて霧散する。
―――強い。
アイオロスは、思わず膝を叩いた。
なかば無意識に、意図をせず放たれていたとしても、いましがたの聖剣には、ただの拳とは比べものにならないほどの威力があった。鍛練という名目での手合わせの際に、放つべきではないほどの力が。
サガは、それを交わしもせずに、真っ向から受け止めて、叩き落とした。声を這った瞬間、小宇宙は高まったが、微々たるものだった。
舞い上がった土煙が晴れ、クレーターのように数メートルに渡って抉れた地面が、シュラの聖剣の威力を物語っている。サガは、茫然と自らの拳が放った爪痕を眺める姿へゆっくりと近づき、そっと肩を叩く。シュラの凍りついてしまった空気を溶かすように、穏やかに微笑んだ。
アイオロスも、せっかく腰を浮かせたついでだと、二人の元へ向かう。
「サガ、……オレ、すまん…」
小さく、シュラの謝罪の声が聞こえた。
ふいに放ってしまった一撃について、ひたすら申し訳ないと頭を下げるシュラをなだめ、落ち込むのを励ましてから、アイオロスとサガは、闘技場をあとにして教皇の間へ戻るために石段を昇り始めた。
「シュラのことは気にかかるな……」
白羊宮を過ぎてすぐに、サガがぽつりと溢す。
「そうだなあ……まあ確かにいつもとは違うというかでも、どっちかっていうとオレはアイツがみんなから嫌がられないかどうかが心配だなぁ」
アイオロスが返事のかわりに答えると、サガは困ったように目を細めて苦笑した。よくよく聞けば、シュラはここ数日間、闘技場に誰かの気配が訪れれば赴いて、手当たり次第手合わせを申しこんでいたらしい。
闘技場に訪れた者へ誰かれ構わず声を掛けるから、黄金聖闘士はともかく、青銅聖闘士や白銀聖闘士は、恐れおおくて近寄れなかったのだろう。だから、珍しく闘技場には人の気配がなかったのだ。
鍛練のために顔を出すと、おおかた指南を求められてしまう身上としては、好都合だと思って赴いたのだが、結果、指南ではなく相談を受けることになった。
「そんなことをしていたから、ここのところ執務をしていても席を立つことが多かったのだな」
「最近、シュラは随分トイレが近いっていうか長いなと思ってたよ、オレは」
直に手合わせをした分、親身に心配をするサガの声音は沈んでいたから、アイオロスはわざとおどけてみせる。
「でも、丁度オレ達で良かったのかもな。いきなりアレが飛んできても白銀や青銅じゃ対処しきれなかったろう。死人がでてた」
そう言った時に、サガの口から零れた大きな息は、心の底からの安堵に間違いなかった。自分の身体がおかしいような気がする、でも、一体どこがおかしいかはわからない、気の所為かもしれないから、なんとなく身体を動かしてみたらその理由がわかるかと思って、手合わせを挑んでいた―――と、シュラは口にしたのだが、アイオロスが傍目から見る限り、肉体の不調というよりは、小宇宙の不調のように見えた。いつもと変わらないようでいて、でも違う。体内でくすぶっている小宇宙が気付かないうちにふいに溢れだす。それも、小宇宙を失うなどの重大さがともなうというよりも、ふいに体調を崩して、熱をだしてしまったような感覚に近いような気がした。幼い頃のアイオリアが、風呂で暴れたあと、熱い熱いと走り回っていたと思ったら、次の瞬間に飛びでるくしゃみの図が、頭に浮かんで、アイオロスはじわじわと頬が弛む。
隣で、ふいに笑んだアイオロスのことを、サガは不思議そうな顔をして見る。
「どうしたんだ。急に笑ったりなんかして」
「いや、シュラのあれはくしゃみみたいなもんだったのかなあと思って」
「くしゃみ?」
「ちょっと熱をだしたら咳とかくしゃみがでるだろ。なんだかそんな風に見えた。小宇宙が勝手にでちゃったみたいな」
「言われてみればそんな気がしないでもないが…くしゃみとは」
「熱が出る前兆のようなものだな。くしゃみをした瞬間がサガで良かった。どこが悪いのかに気付かなければ、対処方法もわからないだろうしな」
「それはそうだが」
今一つ、腑に落ちないといった顔でサガは頷く。
「元に戻るまで黄金聖闘士以外との手合わせは駄目だと伝えたから、シュラも無理には声を掛けないだろう。本当にまずくなったらきっとまた相談しにくるさ」
「シュラももう大人だからな」
ぽつんと呟いたサガの声は、まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえ、どこか寂しげなものだ。そういうところが、過保護だよなと思わなくもないが、それがサガなのだから仕方がないとも思う。自分よりも、よほど細かく後に続く者達に目をかける。まわりに心を傾けるだけの余裕がある。だからこそ、神の化身であると呼ばれたのだろうし、そこが自分とは違うところだと、アイオロスは認識している。どちらかを選ぶことではなく、全てに手を伸ばす。ただ、なにもかもを手にする為には、サガの心は少しばかり繊細で、脆い。
「大丈夫だって!な?」
息抜きに外にでたのに、暗くなってしまったサガの顔を見て、アイオロスは励まそうと肩を叩いた。
「ああ、そうだな」
サガは、返事をして薄く笑うが、心はここにあらずだ。口では、肯定するものの、本当はそうだなんて思っていないのだ。だったらまだ、シュラのことが心配で心配で仕方がないと口にしてくれたほうがいいのに、サガはそうしない。
もう息抜きも終えて、あとは教皇の間へ真っ直ぐに帰ったらまた、膨大な書類が待っている。強敵を前にしてしまったら、きっと言葉などかわさなくなるのだ。いや、自分がいくら話しかけても、サガはちゃんと向き合ってはくれないだろう。書類という敵に集中するあまりに。そうしてまた、ひとりで心を痛めるのかと思うと、アイオロスは胸の奥がチリチリと引き攣れるような感覚に襲われる。いつまでたっても、サガの隣に立っているような気がしない。心が焦れた時に感じるものと、とてもよく似ている引き攣れた感覚を、珍しくやり過ごすことができなかった。このまま、教皇の間には戻りたくない。
話しながら進めた歩みは、双児宮を通り抜けたところだった。
アイオロスは、巨蟹宮への階段を昇りだしたところで、止まる。
サガは、なにも気付かずに止まらないから、力を込めて手を握り、名を呼んだ。
「サガ」
「なんだ?」
何も気付いていないサガの口から名前を呼ばれる前に、アイオロスはぐいぐいと手を引きながら、きびすを返した。半ば引き摺るようにして、再び双児宮の薄闇へ戻る。
「なっ……なんだ、どうしたというのだ」
問いには答えず、勝手知ったる宮の中をぐんぐん進んで、アイオロスは居住区の扉を勢いよく開いて足を踏み入れる。カノンの気配はしない。自分の宮なのに、わけもわからず足を踏み入れるのを躊躇っているサガを強引に中へ引っ張りこんだ。振り向きざま、閉じた扉へ押し付けるようにしてサガを抱き締める。
「あ、アイオロスッ!だからどうしたんだ急に…!」
力を込めた二の腕を叩き、焦りと批難混じりの声音で、サガは囁く。
「まだ執務に戻りたくない」
動くたびに揺れて頬や顎先をくすぐる長い髪からは、心地良い仄かな肌の香りと頑なさが伝わってくる。
「何を言っている。もう散々遊んだだろうが!執務を抜けだしてからどれだけの時間が過ぎていると、」
「……ほら、やっぱり」
「うん?」
「なんでもない。まだ大丈夫だよ。…たぶん」
胸一杯にサガの頑なな香りを吸いこみ、早くその匂いがなくなってしまえばいいと思いながら、アイオロスは甘えるようにサガの肩先へぐりぐりと顔を押しつけて埋もれた。
「……離せ。アイオロス」
「やだ」
「子供のようなことを言わないでくれ。私達が戻らねば皆に迷惑がかかるだろう」
「それでも嫌だ。こんな時間たまにしかないんだからさ…もう少し平気だろ」
やめろと言われてやめなければ、その次にサガの取る手段は、懐柔だ。優しい声を使って諭してくる。だから、アイオロスは、最もなことを柔らかく囁く唇を塞いだ。
「ンッ……!!」
言葉ごと吸いとってしまうように、すぐさま舌を差し込んで絡め取る。袖も裾も、ずらりと長い法衣は人馬宮に放り投げてきたから、唇を貪りながら抗うばかりの腕を封じてしまうのは簡単だった。両の手首を掴み、壁に縫いとめてしまうことなど造作もない。逃げるばかりの舌を追うと見せかけて、上顎をねっとりと嬲ってやれば、そわりと身体を揺らした。淡い感覚を認識しているような一瞬の隙をついて、手首の内側をからかうようにくすぐると、握りしめていたサガの手首から先が弛む。アイオロスはすかさず指を伸ばして、手のひらまでをも絡め取ってしまう。舌や指先、肉体における「先端」の全てで繋がることがサガは好きだ。安堵を覚えるという。
「―――ッ!う…むッ…」
奪った呼吸で乱れていく吐息が、安堵に性急を落としこむ。アイオロスは、わざと音をたてて口を吸いたくなる。鼓膜という肉体の「膜」をも埋めつくしたい。神の化身にまとわりつく清廉を突き崩して、あらわれる羞恥は、人にしか存在しないのだ。決して華奢ではない肩を揺らして、サガは追い掛ける唇から逃れようとする。
「鍛練着を着るのは久しぶりなんじゃないか?やっぱり、鍛練着とか聖衣が似合うなオマエは、そそられる」
「なにをいってる…そんな…っ…そんな言葉にほだされないぞ私は」
アイオロスは、ハッと息を飲む微かな音を確かに聞き、鼓膜へ吹き込むように囁いた。
「オレはほだされるよ。オマエだったらいつでもな…だからまだいいだろう?せっかく時間ができたんだから今のうちにしておこうな?」
何かを言いたげに奥歯を噛み締める音を耳にしながら、アイオロスは枷の役目をしている両手のかわりに頬を寄せて、サガの上昇した耳朶の温度を確かめる。まぎれもなく熱い。息を吹きかけながら耳穴の中へ挿しこんだ低音に、サガは反応している。膝頭で両足を押し開かせながら、アイオロスは躊躇いもなく身体の中心を押しつけた。
声になりきれなかった甘い吐息が、サガの唇から漏れる。
「こんなところでカ、カノンが戻ってきたらどうするんだ!」
「じゃあ戻ってくる前に早くしようか」
そういうや否や、アイオロスは再びサガへキスをする。怯んだところで、手首を一思いに解放して、下着ごと鍛練着のボトムを引き下げた。身に起きた瞬間の出来事に、サガがくぐもった呻き声をあげる。
「法衣よりも簡単に丸見えになるね」
「クッ…!は、恥ずかしいことを言うな!」
必死に露わになった股間を手のひらで隠して、サガは覗きこむ視線を避けるように俯く。
「恥ずかしいのか。サガ。恥ずかしいんだな」
「当たり前だ!」
「でも、もうここまできたら拒むなよ。オレが可哀想だからさ?」
懐柔という手をサガが使うように、アイオロスにもとっておきの手段はある。
手のひらという心もとない覆いを掴み、共に導くよう穏やかに微笑みながら、解放を促した。サガは、視線を合わせることはなかったが、気配と声色で気付いているはずだと、アイオロスは思う。握った手のひらは熱い。拒絶はしない。それが愛おしいなと思いながらも、アイオロスは、サガの左手の外側、小指の側面からひらにかけて、やけに熱を持っていることに気付く。それは、興奮であがる体温の所為ではないように感じた。確かめるように注意深く指先でなぞってみると、心なしか腫れあがっているような気もする。手のひらばかりを撫でていると、何かを決心したようにサガが顔をあげた。
「ここでするのか。本当に」
「ン?…ああ、…だって時間が惜しいんだろう?」
「だが、カノンが…ここにはなにも、その、そういう準備が…ない」
やはりまだ抵抗をするのか。
「……じゃあ、コレ舐めて」
アイオロスは、一旦、思考を張り巡らせるのをやめ、間髪をいれずに向き合っていたサガの身体を返すと、扉と向き合うような体勢で背後から密着する。衣擦れのようにあえかな音を立てる髪に頬ずりをしながら、これから解いていくのに使う右手の指の数本を、躊躇いもなくサガの唇に含ませた。
「ゥムッ!…う…」
「久しぶりだからちゃんと舐めないときっと痛いと思うぞ」
そう言っても、なかなか舌は動かない。アイオロスがより深く、差し入れた指を埋め、舌を摘まむと、ようやくゆるゆるとサガの舌が指先を包んで潤いを与え始めた。舐る水音が大きくなっていくのを感じながら、アイオロスはサガの中心へ触れる。左手の指先が、別の液体で濡れる。拒んでいたようでいて、その実、身体が反応していたことが、アイオロスの熱をさらに煽った。
先端から溢れ出る滑りを広げるように形をなしたサガの昂りを撫でまわす。
「ンッ!…ンッンッ!…ッ!」
ひくりと指を舐める舌が悶え、動きが鈍る。含ませたのは僅かの時間であっても、ある程度の潤いは足されている。アイオロスは、唇から一思いに引き抜いた指先が乾かぬうちに、早急にサガの窄まりを解きにかかった。上擦っていくばかりの声にともなって、体内を蹂躙する指先は急く。
「そんな声だしたら…もしカノンが戻ってきてたらどうするんだ」
ビクン、とサガの肩が揺れた瞬間、食まれていた指がきつく締めつけられて、緩んでいった。
アイオロスは、素早く引き抜いた指の代わりにサガの背中へなおのこと密着すると、鍛えられ、絞り込まれた腰を掴んで、一思いに突き挿れた。呻くような喘ぎと共に、サガが大きく仰け反り、がくりと身体から力が抜ける。扉へついた腕が滑り落ちてしまう前に、アイオロスはサガを堅牢な扉へ縋るように凭れさせて、くず折れてしまわないように支えた。貫いたことで、沸き上がった衝撃を耐えるように、サガは肩を大きくあえがせて荒い呼吸をいくつも吐き出す。
「アイオロス、アッ…うう…ッ!…早く…動いてくれ、」
そうして縋るように後ろ手に伸ばされた左の手を取り、アイオロスは、もう一度確かめるように熟れた熱に触れる。
「ごめんな。オマエの強さに嫉妬したんだ」
あとはもう、ただ夢中で、サガを抱いた。
身体中から吹きだした汗が落ち着くまでと、凭れかかった双児宮の扉は、火照った肌に心地が良かった。アイオロスは、胡坐をかき、サガに膝枕をしながら、腕で隠したままの顔を覗き込む。冷静になってみれば、腫れてしまったサガの手の理由なんかは、すぐにでもわかることだった。
「大丈夫か?」
「……駄目だ」
「もうそろそろ本当に戻らないとまずくないか?」
「駄目だ。オマエが無理ばかりするから私はまだ動けない」
もう何度目かわからない否定の声を発するサガは、ことを終えてから、いまだアイオロスに顔も見せていない。
「……悪かった」
「駄目だ」
「でもサガだって乱暴なの好きだろ?エッチだからさ」
「異次元に飛ばされたいのか?オマエは」
「二人で一緒なら悪くないな」
「私はいかぬ。執務に行く」
「また…執務って…すぐそれだ」
「……なんだと?」
小声でした反論も、しっかりとサガの耳には届いていて、微かに腕をずらした隙間からとげとげしい眼差しは飛んでくる。
顔が見れないなら、せめても。アイオロスは、そう思いながらなだめるように、快感に打ち震われてもつれてしまった髪の一部分を梳いて、撫でた。
サガは、アイオロスの手のひらから逃げるように、転がったまま仰向けから横向きに体勢を変える。
「そんなに機嫌を悪くしなくてもいいだろう」
問いかけにも、サガは反応をしない。無言のままだ。居心地がいいような、悪いような時間に、思わず溜息が出た。
「……嫉妬などされても困る。子供か」
「子供だ。オレはオマエの前では子供だ!って言いたいけどまあそれは悪かった。なんで、オマエがあの時聖剣を避けずに真正面から受け止めたのかを考えだしたら、余計に止まらなくなった」
「……私は別に…咄嗟の判断で弾いただけだ。深く考えてはいない」
「サガは嘘つきだからなぁ。…アレ、もしもオレだったら避けてたけど、避けてたらシュラはきっともっと落ち込んだと思う」
「どうしてそう思う」
「シュラの性格かなあなんとなく。シュラはきっと気にするだろう。真面目だからさ。鍛練なのに意図しなところで技を放ったなんてことは。あくまでも鍛錬だ。戦闘じゃない。どんな状況の鍛錬でも、誤って死んでも、聖闘士な以上それは仕方ないことだと思うが、それでもシュラは、今日のことを対等な手合わせだったと思わない。そういうところは頭が固い。だから、避けずに弾いて、弾ける程度の攻撃だったと思わせれば、多少負い目が和らぐと考えてサガは避けなかったんだと思った。本当は怪我を負うほどの攻撃だったのにな」
今だしっとりと濡れて、熱の余韻を残す青い後ろ髪の先をつまんで弄びながら、アイオロスは静かにそう告げた。サガは何も言わない。否定も肯定もしなかった。だから、続けた。
「って、あの一瞬の間に判断して、そうしてやったのかと思ったらオマエはなんて強いんだと思って…というか、あのシュラの技を弾いただけでもオレは凄いと感じたから、なおのこと悔しかった。ああサガはやっぱり強いと」
サガは、顔を見せない。怒っているのか、怒っていないのか、それもわからなくて、アイオロスはまた溜息をつく。その時、向こう側からもひとつ、同じような溜息が響いてきた。
「随分子供じみた感情だな。だが、それを言うのなら私もだ。オマエが…シュラと鍛練すると思うと嫉妬した。シュラにも、オマエにもだ」
一定の間を置き、ぼそぼそと聞こえてきたサガの声に、気まずさはあるものの、怒りは感じられない。思わずアイオロスは、一瞬何を言われたのかがわからずに聞き返す。
「……は?」
ごほん、と何かをごまかすように、サガが咳払いをした。
「だから、オマエは私の強さに嫉妬したかもしれないが、私はその…そういう純粋なところに嫉妬などしていない!単純にシュラと楽しそうに鍛練をするオマエを見たくなかったし、私ではなくて、オマエを頼ろうとするシュラにも!嫉妬した!だから、私が率先して手合わせをかってでたんだ。悔しいだろう!執務の時は皆頼ってきてくれるが、鍛練や手合わせとなると皆オマエにばかり頼るし…」
ふるふると肩を震わせながら、絞り出すような声で、でもサガは一息で言葉を紡いだ。そしてゆっくりと、柔らかな紙が水を吸い上げていくように、髪の隙間から覗く耳朶に色がつく。
「……サガは子供だな」
「黙れ」
これも一つの恥ずかしいという気持ちだ。
そう思ったら、アイオロスは緩んでいくばかりの頬を抑えることができなくなった。たぶん、そんなサガの言葉を聞けるのは、自分しかいないのだ。神の化身が人の身であることの証を。出来る限り気配を絶ち、アイオロスは転がっているサガへ近づく。まだぶつぶつと独り言のように言っているサガは気付かない。
「もういい加減に執務に戻るぞ。ムウあたりがきっと機嫌を悪くしている」
「じゃあ二人で怒られればいいよな?ムウの説教を共に聞くぞ!」
何を言っている。そう告げるために、眉間に皺をよせながら振りむいたサガへ、アイオロスは躊躇いもなく、子供のように抱きついた。