It mans it.

手に入れたのは、紛れもなく。

アイオロス×サガ

※こっそりフリーリクをしてくださった、S様に捧げます。


「どっちだと思う?サガ?」
背骨の中央で感じる廻された腕の力と両手の温かさは、その腕の中に抱かれている事実を違えることなく伝えてくるのに、問いかけを拒む事も、腕の中から逃れることも許しはしない。
「……さあ…どうだろう」
押さえつけられた瑠璃の髪の一筋も逃しはしないという、決意は確実に含まれていると感じるのに、言葉はあくまでも柔らかな微笑みで、抱き締める腕はどこまでも穏やかすぎた。素早く微笑みの唇を掠め取り、サガはごまかすように「穏やか」に抵抗を試みてみるも、綻ぶ瞳の中に光を映して仕返しのようにそのまま深く唇を奪われ、言葉と抵抗をあっさりと奪いさられたたけだった。煌々と人工的な明かりの灯る室内で、陽に透けると淡く光る茶色の髪は、いつになく色が濃い。絡んでくる唇に答えながら髪に差し込んだ手のひらの感触は、いつどこで触れるものともさしてかわりはしないのに、とサガは思う。
緩く閉じた紺碧の先でゆらりと気配は動き、その思考を乱すように更に深く舌が入り込んでくる。動いていた思考が一瞬、乱されるように掻き消えて、息が止まる。
「…っ……」
歯列を一撫でされて、止まった思考を覆いつくすようにじわじわと浮かんでくる感覚は、紛れも無い熱。アイオロス、と名前を呼ぼうとする隙も与えない唇は、背中に感じる温かさが熱に変化をしていくような錯覚をサガに起こさせた。抱き締められたままで徐々にせり上がってくる唇と舌を受け入れようとすれば、ゆっくりと身体はベッドに埋もれていく。かろうじて耳に届くか届かないか、長い瑠璃色がシーツの上に散らばる音がすると、アイオロスはそのままサガに圧し掛かり、腕の中へと閉じ込めた。衣服を身につけたままであっても、足で身体を割られて押さえつけられる感覚は、微かに身体を強張らせる。唇の降りる先、手のひらの触れる場所、武骨なのにやたらと繊細に巧みに動く指、
「……なあ、言ってくれないか」
言えと言うから口を開こうとすれば、すぐに唇は塞がれて、言葉は届かない。
代わりに抱き寄せようとすれば、より強い力で抱き竦められて息もできない。
息も出来ず、届かない言葉がもたらす感覚は、苦しい。
内から外から感じる熱と、湧き上るささやかな苦しさを感じながら、これは見上げた空の手のひらで覆いつくせると思っていた太陽が、やはり幾ら掴んでみても、掴むことなど出来ない事を知った時の感情に良く似ている、とサガは頭の片隅で気付いた。確かに其処に存在して激しく燃え上がって熱を巻き起こすのに、遠く離れた距離でその熱は和らいで、本当の熱さには気付かない。
熱さを知ろうと近づきすぎれば、溶ける。溶けて撃ち落される。容赦なく。
「私、は、……抱かれていると、思う」
絶えず落ちてくる唇を、髪に絡ませた手で無理矢理に引き剥がして、サガは言葉を紡いだ。
「……何故そう思う?」
開いた紺碧の瞳を不思議そうに覗き込んで、落ちてくる唇は止まり、また問いかける。サガの目に映る、濡れた唇がぺろりと赤い舌先を見せて舐め取られた。
「……熱が無ければ、何も生まれないだろう」
「熱が生まれても、抱く腕がなかったら意味が無い」
「抱く腕すらも、熱が無かったら生まれはしない」
「だから、お前は太陽に抱かれているというのか。空が」
「そうだ。空が青く見えるのも、海が青く光るのも、全ては太陽が無ければそうは見えない。太陽があるから空なのだ。……このまま続ける気がないなら、離れてくれないか」
目に焼きついたアイオロスの舌の色と艶と、じっと上から注がれる視線は熱いのに、交わされる言葉は問答にも近いもので、身体と裏腹な思考と視線に耐え切れなくなって、サガはふいと、顔を反らせた。
「それは無理だ。……俺はお前に抱かれているからな」
視界の隅で細められた瞳と、嬉しそうに弧を描いた唇に思わずサガは、舌打ちをしそうになる。
「お前が離してくれないからな?サガ」
「……最初から言いたい事はそこだったのか……アイオロス」
「いや?そうではないが。不思議じゃないか。空があるから太陽があるのか、太陽があるのから空があるのか、聞いてみたかったんだ」
「……今、聞かなくてもいいだろう。それかそのような問答は私ではなく、シャカにでも老師にでも聞け」
「まあ怒るな。あえて怒ったのを無理矢理っていうのも、俺は好きだが」
ぐい、と反らせた顎を掴まれて、サガはアイオロスと再び視線を合わせられる。互いの吐息すらも感じる距離で、また合ったアイオロスの視線は恐らく、揶揄まじりで笑っていると思っていたのに、
「私は……好きでは、ない」
目を止めたサガが息を飲むほどに熱く、真摯なものでしかなかった。
それを隠すように、すぐさまアイオロスはサガの胸元へ顔を埋める。聞こえてきた声がくぐもって、吐息が篭る。
「お前を、この腕に抱いていていいのか」
「……どうした、アイオロス」
「お前に、抱かれていていいのか。俺は」
胸に響く篭り囁くような低い声は、サガの腕に包み込むような、弱い力を込めさせた。生まれて、意識に気付いた瞬間から温かさを求めるから、人は焦がれる。焦がれて羨望は生まれて、多くの羨望は群像を生み出す。群像に名前をつけて、人は崇める。決して、手のひらにおさめることができないからとわかっているから崇めるのに、手にいれようと動いた結果は、大きすぎる罰とも言えた。
群像の神の裏側、落ちた英雄。神と呼ぶのも英雄だとも呼ぶのは人。
どんな名前を与えられようが、手に入れたいものは昔からただ一つしかない。
この腕に抱きたいのは一つしかないのに。抱いているのは一つしかないのに。
弱く髪を梳かれる手のひらの感覚がもどかしくて、アイオロスは思考と感情を振り払おうと、サガの唇を荒く塞いだ。
言葉を発した瞬間にサガの紺碧の瞳は陰り、熱と艶の兆しが薄らいで、淡くなっていく。熱は高まる一方であるのに、それでも触れる手のひらは穏やかで、どれだけ荒々しく燃え上がっても、平然と太陽の姿を映し出す青い空に、それはとてもよく似ている。だから、抱かれていると、太陽は、空に抱かれているとアイオロスは思う。
「アイオロス」
「……言うな。聞かない」
「怯えるな。英雄ともあろう男が」
唇を離してまたサガに埋もれるように顔を隠したアイオロスは、縋るように腕の力を込めて、ポツリと呟いた。
「聞きたくない。でも、離れるな」
「では、聞かなくていい。このまま抱いていてくれ。私を。私はお前の腕がないと苦しくてたまらない。離れても、離れなくても苦しいのなら、このままで」
ゆるゆるとまた動き出した髪を撫でる手のひらは、もどかしいけれどもやはり、温かい。灼熱の神に近づこうとして、溶かされ堕ちた男は英雄なのか、それとも。
「離れたいと言っても、私は離してはやらん。もう手におさめた。腕に抱いた。その為だけに息をする。……苦しくても」
「サガ、それは」
抱かれた胸元を声の振動で振るわせて、そして聞こえる声と鼓動の音にアイオロスは思わず、サガを見ようと身体を起こそうとする。だが、しっかりと押さえつけられて動かせず、動かせないままに、挟み込まれた足でぐるりと身体を返されて、ベッドに押し付けられた。両腕をしっかりと押さえつけたまま、サガは寄り添っていた身体を起こすとアイオロスの腹の上に跨って見下ろす。
「聞かない、のではなかったか?」
見上げたアイオロスの視界に広がり、落ちて頬を擽るのは、深い空の瑠璃の色に良く似た髪。
「……聞こえて、きたんだ」
じっと視線を合わせたままで、明かりの下で見上げるサガの髪は、影を伴って色濃く見えた。
「もう手にいれた。私のものだ」
影に覆われる顔で、穏やかなまでに微笑むとサガは、ゆっくりと屈んでアイオロスの身体を覆うように圧し掛かり、唇で髪に触れてから、額に口付けを一つ落とす。
「早く、抱け。私が何もわからなくなるぐらいに抱いて、お前も何もわからなくなってしまうといい。」
「いいのか」
「私が、お前の腕の中にいてもいいのかと思う前に」
「サガ」
「空も太陽も、所詮は一つだ。欠けたところで成り立たない。世界は」
太陽に落ちるのは空。空に堕ちたのは太陽。だから、とその後にサガが言わんとした言葉は、伸びてきた腕に引き寄せられて、形を成す前に溶けて飲み込まれていった。唇に触れて触れられながら、神でも、英雄でもなく互いの熱と言葉で、微笑んだのは人。どちらともなく。