Sir Lancelot.

2009年ぐらいに書いたトランプする年中組の話の修正版(旧サイト「過去文」掲載)


三すくみ、向かい合いの緊迫した中で、背中合わせのもの達は、次々に切り捨てられていく。磨羯宮に突如押し寄せた戦いは激しく、荒ぶる戦況により無惨に放り出された残骸が、それを物語る。
機会すら、偶然すらも支配しなければ、この戦いに勝ち目はない。力こそ正義であるならば、この戦の正義は運。幾つかの岐路を、選びぬく本能。
その正義を振りかざして、一切無傷の男が一人、華やかに笑う。既に手負いの男二人を嘲笑うかのように、楽しそうに。
そして、「切り札」は早々に捨てられて山に埋もれる。
「惰弱…惰弱だな!オマエらは」
「運だ運。こんなもん」
身に纏う布はただ一枚の局部を覆うものだけ、という無残な体たらくの男が、悔し紛れに言葉を吐く。
「ほら私、攻めも守りもいけるから」
「……おい、今ジョーカー捨てなかったか?」
「だって二枚あるし」
「ジョーカーを捨てたら意味がないだろうが!」
辛うじて下半身は無傷ではあるが上半身は剥き出しの男が、捨てられた切り札を探した。
「いいんだよ。こりゃ教皇抜きだから」
「教皇……?意味がわからん。だからジョーカーはいらんというのか?」
「そうだよ。だって教皇こそがジョーカーだからね」
「そ。だからさっきオマエに一枚引かせた」
「今回のジョーカーは、誰にもわからないという事か」
「手癖が悪い蟹のイカサマ防止だな」
「なるほど。それはいい策だ」
手にした武器をかざして、血も涙も友情すらもそこには存在しない骨肉の争いは、脱衣ジジ抜きという。だらだらと酒を飲みながら、心地よくも気怠い夜深け潰しは、できるだけ頭を使わない簡素なゲームであったはずなのに、服を脱ぐという着火剤が導入されてから、延々と激しく燃えている。
「ババ抜きだともうあとがないから卑劣な手段を使ってきそうだし。あ、私は捨てるのない」
「勝手に言ってろ。だから捨てる札間違えんなよシュラ。終われなくなる」
「ふん。間違えるものか」
「ま、そうだけどちょっとオマエの目玉は節穴なところがあんだろ?お。オレももう捨てれんのねぇや」
うずたかく積み上げられた山の頂きに向けて、デスマスクの捨て去ったカードが、シュラの苛立ちの鼻息に煽られる。
「それにしてもだ。何故教皇だ?」
手持ちの札に目をやりながら、シュラが聞いた。その何気ない一言に、デスマスクとアフロディーテが顔を見合わせる。
「そんなのオマエ、ジジイだからに決まってるだろ」
「今では俺達よりも若いだろうが」
「実年齢的な話だよ。いいじゃないか。ある意味聖域にとっては切り札だったお人だし」
「ジジイだろうがババアだろうが教皇だろうがなんでもいい。オレは負けねぇ。絶対脱がしてやるからな!」
「負けてる犬は良く吠えるよね」
「俺は実力もないのに、でかい口を叩く奴が嫌いでな」
「オマエだって負けて脱がされてるだろうが」「ああそうだ。不覚にも俺は負けた。たった一度だけ。だが下着一枚のお前に比べたらましだ」
「一度でも負けは負けじゃねーか」
「シュラは一度負けているからTシャツを脱いだ。でもお前はどうなんだ?デスマスクよ。何枚服を脱いでいる?というか、そのだらしない体に残っている服という布は今、何枚だ?何枚残っているんだっけパンツ一枚の癖にさ」
「絶対オマエ全裸にしてやるからな」
「やれるものならやってみるがいい。お前が私を裸にするには何回勝てばいいのか知らないけど。もう少し可愛く言ってくれたら、シュラを全裸にするのを手伝おうかと思ったのに同盟は決裂だ」
「おい。さり気なく俺を狙うな」
「同盟だぁ?そんな甘っちょろい事言うんじゃねぇ。聖闘士の戦いの基本は一対一だろ。女神様に背く事はできねぇなオレ」
「どの口が言ってんの?」
「アフロディーテ、共に最後の一枚を切り裂くぞ」

「いいよシュラ。同盟は成立した」
もう何度目の対峙となるかはわからない複雑なルールも手管もさして必要としない簡単なカードを選びとるゲームは、それからいくらもしないうちに勝負がついた。
「……またお前かよなんなんだよ」
「私にはパラス・アテナのご加護があるからな」
勝利の女神に微笑まれた美の女神は、上機嫌に勝者の眼差しを二人に贈る。アフロディーテが最後に引いたあがり札は、スペードのクイーンだった。
「早く決着をつけたまえよ君たち」
「ちきしょう。アフロディーテが駄目なら、シュラ!オメーは絶対脱がす」
「このくだらないゲームももう終わりだ。貴様の小汚い裸体が晒されてな」
「ふふ…全裸かもう一戦かどっちかなぁ」
何回やっても今日は負ける気がしないアフロディーテは、二人の手札をあからさまに確認した。
アフロディーテから引いたクラブの7を含めて、シュラの手持ちはダイヤのキングとクラブのジャックの三枚。
アフロディーテにスペードの12を引かせたデスマスクの手持ちは、スペードのジャックとハートの7の二枚。
札を見て、ジョーカーが何のカードであるか、知ったのはアフロディーテのみ。
形勢は、五分。
次の一手で、デスマスクがシュラから幸運を引けば勝負はつくし、引けなければつかない。
「なかなかに緊迫した感じだな」
「黙ってろ。気が散る」
シュラが持つ三枚の、どれを引くかとカードの縁で指を彷徨わせ、デスマスクは持ち主の様子を伺った。何かしら些細な変化でもと見つめ続けても、表情はぴくりとも動かない。ジョーカーが分からないのだから変化のさせようもないのはわかっていても、相手を焦らして集中を掻き乱すパフォーマンスには違いない。
「早くしろ」
「焦るなって。時間はたっぷりあんだろ」
「悩む時点でお前にツキは無い。自らの手で不幸という名の全裸を掴むがいい」
シュラが淡々と語る前で、デスマスクの指は三枚の札から何かを感じ取るように動く。
「……これだ!」
そして一枚。勝利の一枚と思われるものを引いた。賽は、投げられた。
「……ダイヤのキングか」
一瞬、三人の間で空気が張り詰め、すぐさま緩む。ここぞとばかりの憎々しい舌打ちが、朗々と響き渡った。デスマスクは手持ちの札を一枚も捨てずに今しがた手にした札を増やし、一度目の勝機を捨てた。
「また窮地に立ったなお前は」
「そんなのわかんねぇだろ。オマエが引いて捨てられなきゃまた俺だ」
「そんな望みはあっという間に無くしてやる」
「そう簡単に希望は捨てちゃならねぇんだぜ」
愛のハートに、貨幣のダイヤ、剣のスペード。
持ち札が三枚になろうとも、デスマスクは負ける気がしない。キングを守るジャックに、ハートの赤いラッキーセブン。7のツキの力が、根拠のない安心感を醸し出す。
「忘れるなよ?今の勝機は俺に向いている事に」
棍棒のクラブに、剣のスペード。
武器を意味するマークの二枚の数字は、勇敢なジャックと研ぎ澄まされたスペードのラッキーセブン。シュラにも7のツキはある。
「俺は悩まん。思うがままに己が心の導く一枚を引く」
言うが否や、デスマスクの持ち札に手を掛けて、躊躇うことなく三枚の中央を抜いた。
「アっ」
思わずその札に声をあげたのは、見守っていたアフロディーテだった。
「ラッキーセブンが運の尽き、だったな」
シュラがニヤリと笑い、札を二枚捨てる。
愛にも剣にも幸運にも見放された事実が、屍のようにデスマスクの前に横たわった。
「シュラ……!!オメーもか……!」
「せっかくだから引くがいい。自分の首を飛ばした刃を」
悔しさに震えつつ全裸を待つばかりの体に、シュラは最後の札を渡した。
ダイヤのキングを守るジャックは、「裏切りの騎士」によって連れ去られていく。手元に残ったキングに愛想を尽かした勝利の女神までをも奪いさり。
「クソっ!」
「実に見事な負けっぷりだった。私は興奮した!さぁ、脱いだらいいよ。脱げ」
そして、デスマスクの下着すらをも「裏切りの騎士」は奪い去っていく。
手元に残る最後の一枚。
かつて、一大帝国を支配したダイヤのキングが、寂しく笑った。