2009年11月08日 蠍座誕生日の2019年11月08日改稿版。
ミロとカミュが夜遊びする話。
金と赤の攻防は夕暮れの、心が弾むミッドナイト・ブルーの始まりに。
「……指輪はどうだ」
「いらん」
「腕輪」
「……ブレスレットと言え」
天蠍宮で威嚇と共に向かいあい、カミュが問えば、ミロは躊躇いもなく一蹴する。
「……ぶれすれっと」
「しないな」
「よし。もうわかったのだ。不気味で仕方がないが、私が自ら蠍をフライにしよう」
「この俺に蠍を食わせる気なのか?失礼にも程があるぞ」
「何をいう。砂漠等でのサバイバルでは、蠍は貴重なたんぱく源なのだ。それにデスマスクはなんの躊躇いもなく己が蟹座であっても蟹を食べる。なんの問題がある。むしろ私は羨ましい。食いたくても水瓶は食物ではない」
「蠍を食材とする感覚から離れろ。すすめてくるな」
二人の間には、黒い紙のボックスが中途半端に開封されて、納められていたものが半分飛び出ていた。生まれた日の祝いに欲しいものがあるかとカミュが聞いたのは、数週間前のことだった。その頃からミロは、まだ日にちのある自分の生誕の時を、顔を合わせる度に主張していたからだ。
「俺は言ったはずだ。この世に一つしかないものをよこせとな」
「だからわざわざ蠍の刺繍飾りを入れてもらった。このパンティは世界に一つなのだ」
「百歩譲ってこのパンツが紐な部分は褒めてやる。俺は嫌いじゃない。だが、だがな。股のところにでかでかと蠍の形が入っていたら名前が書いてあるのと一緒だろうが。お前はパンツにカミュと名前を書くのか?書かないだろう?脱いだ時に格好がつかん!」
「なっ、なんだと?!刺繍の位置など……たかがそんな理由で拒むのか。この紐の下着を買うのに私がどれだけ恥ずかしかったと思う!」
「ふざけるな!どちらかというと下着よりも恥ずかしがりながら支払いをしているお前を想像したほうが俺は胸が高鳴る!面白くてな!」
「おもしろいだと?ミロよ、お前は私の祝う気持ちを面白いというのか」
「面白い以外の何ものでもない。欲しいとも言っていないのに、悩みに悩んだすえに紐パンツを選択してくるあたりがすでにおもしろい」
「選んでやれば嫌だといい、どれがいいのかと伺いをたてても嫌だという」
「絶対に俺は気に入ったものしか受け取らん」
「だから欲しい物を教えろと言った!」
カミュが声を張ったその先で、ミロはその反応がつまらないと言わんばかりに鼻を鳴らした。良いものは良い、悪いものは悪い、と独自の理とこだわりが確立されているミロは、好む、好まないの落差も激しい。それが対「人」であるならともかくとして、衣・食・住となるとより強くなり、だからこそ、カミュはいっそとミロに直接欲しいものを聞いたのだ。それなのに。
「この世に一つしかない、俺のためにあるものしか欲しくない」
「抽象的だとは思わないか?なんなのだ。この世にひとつしかないものとは」
「ふん、あからさまに困ってみても俺はなんとも思わんからな。シュラじゃない」
「困ってなどいない。呆れているのだ」
「それなら俺だって呆れている。俺が欲しいものに毛ほども気付かず、思いつきもしないお前に」
「……私とお前では好みが違う」
「カミュよ。お前は考えすぎるのだ。好みだなんだという問題ではない。今日は俺を祝う日なんだぞ?」
「祝いの日だからこそ、欲しいものをやりたい」
「今日、この世に一つしかない欲しいものなんて、お前しかないだろうが」
手触りと毛量なら随一とされる豪奢の金を揺らして、ミロはカミュの腕を一瞬で掴んだ。
有無を言わさぬ語気の強さと、高速の捕獲に抗う間もなく、カミュはずるずるとミロに引きずられていく。
「……私はものではない。離すのだ」
強引な腕の力を振りほどこうとするも、問答無用の意志は強固だった。
「離せと言われて、手離すような奴は駄目だ」
幼い頃は、よくよく遊びに訪れていた天蠍宮だ。カミュはミロがどこへに向かっているのかに気付いて、何をする気なのかと訝しんだ。この先にあるのは寝室なのだ。ミロはまっしぐらに目指した扉の前で、覚悟はいいかと言わんばかりに振り向いた。
「今日はお前をかえす気は無い。逃がさないからな」
「どういうつもりだ」
「カミュよ。このミロがお前をめくるめく世界に連れていってやろうじゃないか!!」
ミロの熱い決意が響き渡った直後、カミュはそのまま寝室に押し込められた。
それからしばらくして、引き絞られた薄明かりの下で、耳を傾けるのは音だ。魂をも揺さぶる激情の隙間から、楽しげな声音は囁く。
「……いいだろう?」
唇と舌先で舐めるのは、芳醇な琥珀の蜜だ。口に含めばあっという間に熱が灯る。
「ここまで来てから聞くな。ミロよ」
「それもそうだ」
ミロは心地よく酔っているのか楽しそうに薄ら笑って、流れる音楽に言葉が紛れないように、唇に耳を寄せてくる。
「こんな……落ち着かなくて仕方がない」
「気にするな。男前には違いない」
悪戯に楽しむインディゴの瞳が、頭の先から足の先まで見回して、満足そうに笑みを深める。
「男前だろうがなんだろうがこういうのは似合わない」
カミュは綺麗に後方へ撫で付けられて、整髪料に光る己の髪の一筋を撫で、さしても興味もなさそうに摘んだ。
「こら。触れるな。せっかく俺が見立てて着飾ってやったんだ。大人しくしてろ」
「出掛けるなら出掛けると、先に言えばいいのだ。そうすればもう少しめかした格好をだな」
「たいした服も持ってないだろ」
恨みがましいカミュの言い訳は、諭すように目を細めたミロがやんわりと聞き流し、それに同調するように背後で流れる音楽も軽快なリズムに変わった。これがいい、あれがいいと何着もの服をあてがわれて、ミロの審美眼にかなうまで試着をさせられ、やっと着替えが済んだかと思ったら、カミュはしこたま髪をいじられて、夜の街へと連れ出されたのだった。
黒地に細かな銀糸のストライプジャケットとパンツいう着こなしのカミュとは対照的に、ミロは赤と黒の大胆なアーガイルチェックのジャケットに、黒い細身のパンツを合わせたカジュアルだが上等で洒落た組み合わせだ。黄金の髪が、より映える。身なりを整え、着飾って、ドレスコードのあるレストランにでも入るのかと思いきや、ミロは若者で混雑するハンバーガーショップでテイクアウトをし、冬は間近の寒空の下で、広場のベンチに座って食べた。寒い寒いと言いながらハンバーガーに齧りつき、足りなかったと広場近くのパン屋に飛び込んで、焼きたてのパンを袋に詰めてもらって、喜んでいた。腹がいっぱいになり、酒が飲みたくなって、ついでに踊ってはしゃぎたいと言い出すだろうと思っていたのに、ミロは上質な音楽が流れるバーに足を向けた。
「よく来るのか?この店には」
「……時々?」
「お前がこういうのを好むとは知らなかった。ここでは騒げないだろう」
「なんだ。そのいかにも俺が騒がしい、という言い方は」
「違うのか?」
「違う」
あからさまに尖ったミロの唇を眺めて、カミュも肩の力が抜けた。
「私はこの店が気に入った」
揶揄混じりの言葉にもミロは素直に反応し、わざとらしく、子供のように頬を膨らませて拗ねている。慌ただしく嵐のような出発仕度であったが、楽しいならばよいと思う。酒は途切れる事無くゆっくりと嗜まれて、軽快でそして時に切なく、時に情熱に満ちる音楽も悪くない。
「また、来たいか?」
「ああ」
「また、来るか」
「そうだな」
「また、来ような?」
「ミロよ。なんなのだ。それは」
「お前と遊びたい、という俺の気持ち?」
「ならば素直に行こうと誘うのだ。お前は肝心な所で素直ではないからな」
「だって、お前は俺のものじゃない」
「私はものではないと言った」
「とにかくお前は俺のものではない。だから聞く」
ふっと、店内の照明が更に落とされる。スポットライトに照らされたピアノの旋律が、変わる。
「満たされているか?」
軽快なリズムを弾いた手で、バラードは奏でられる。曖昧な言葉を投げるのは、詳細な答えが欲しいわけではないからだろうと、カミュは思う。好きなものは好きで、嫌いなものは嫌いだと臆面もなく口にするのに、ミロは己が問いたいこと、聞きたいことの答えを追い詰めることはしない。鋭い針の先でいくらでも核心を貫くことができるのに、あえて尾を振り回さない。カミュはミロの柔らかな針を見せられる度に、心からよい男だと思う。
「ああ、満たされている」
「今もか?」
「そうでなければここには来ない。お前は楽しいか?本当はもっと騒ぎたいのではないのか?」
「茶化すな。俺は今、真剣だ」
「私も真剣に聞いた。お前を楽しませようと思っていたのに、私が楽しんでいる。下着を反古にしたことは許そう」
「ちょっと待て。あの下着は冗談ではないのか!?」
「冗談だと?真剣に決まっている」
「恐ろしいやつだお前は。あなどれない奴だ。だが、それでこそ俺の友なんだが」
「お前の感性に見合わなくても?」
「感性と友情は別だ、別。飲め。まだまだ朝は来ないからな」
バラードは、緩く緩く続いて、朝を遠ざける。
朝が来るなと祈るのは、初めてではなかった。
「もしも私が潰れた時は、ちゃんと担いで帰って欲しい。宮まで」
「お前が潰れた時には仕方がないからしてやるが高くつくし、先払いだからもうもらっておくことにする」
「ミロ?」
「お前の意識があるうちじゃないと、意味がないんだ」
前触れもなくミロは、カウンターで隣合っていたスツールごと引き寄せて、肩を組んでくる。
「どうした。近いのだ」
「近寄らなければ奪えないだろう?お前の一つしかない場所は」
肩を抱かれ、カミュが何事かと一瞬怯んだ隙をつき、他の視線がバラードに傾けられているのを確認したミロは、素早くさらに距離を詰めた。一際近く、ひとときの間に、熱が重なる。あっと言う間に離れた身体と、突然頬にあたった唇の感触に、カミュは何をされたのかと呆然とする。
「……もう安心して潰れていい。聖域まで連れて帰ってやる」
「私は意味がよくわからないのだが」
「頬擦り程度では、磨羯宮までしか辿り着かないし、それ以上は運ばないということだ。お前の最も親しい友ならば、そうするのは当然だろう」
頬に贈る唇は「親愛」だった。それはミロにだけ許されるただ一つで、これからの夜も変わることはない。
「……ありがとう。ミロ」
「そこは祝いの言葉だろう?カミュ」
「誕生日おめでとう」
「面と向かって素直に祝われると、照れるもんだな」
どこか照れくさそう視線を彷徨わせて、髪をもてあそぶ姿に幼い頃から変わらぬ光を見て、カミュは笑った。
「次もその次も、蠍座のパンティをやろう」
「それはいらん」