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迅速に抹消、迅速に書き直し。


柔らかい物の上で、柔らかいものに触れる指先が、柔らかいものである確証は、どこにもない。
例えば、柔らかい物の上が、シーツの上であったとして、触れられている柔らかいものが、常に薔薇の香を纏っている長い髪の毛であったとしても、それを撫でる指先も視線も柔らかいかと言ったら、そうではないのだ。
事実、柔らかい物の上で柔らかいものに触れている男の指の爪は短く切られてはいるが、邪魔だから無造作に切り落としたまでで、長さは至って不揃いだ。
白魚のような、と形容される手とはまるで真逆の位置にある男の指を例えるなら、魚ではなくてもっと堅くてざらざらとした別の何か。
「やっぱりなあ…」
「あー?なんか言ったか?」
視界いっぱいに広がる銀色の髪は案外柔らかそうに見えるのに、と左の目元にわざとらしく派手な音を立ててキスをされながら、アフロディーテは緩んでいく身体の感覚と、寝巻の裾から入り込んで、素肌を撫で始めた指先の低温を追っている神経に、薄く微笑んだ。
「…動きがいやらしいよね」
「そりゃおまえ、いやらしいことしてっからだろ」
少しも感触は柔らかくない癖に、アフロディーテに覆いかぶさるデスマスクの指の動きは、くねくねと、這うように柔軟な動きで肌のあちこちを撫でようとしている。
それに加わる潤んだ唇の柔らかさと熱が首筋を滑り落ちてから、アフロディーテの眼前いっぱいに、目を細めてニヤリと笑った顔が広がった。
「ああ、顔もいやらしいもんねえ」
「…いやらしい顔見てるからなあ。しょうがねえよな」
アフロディーテを真上から見下ろしたデスマスクは、そう言ってますます目を細め、キスを落としたのと同じ一部分を触れる。
「…今日はいたくお気に入りなんだな」
触れてくる指先を柔らかいとは思わないのに、その指先に触れられることを心地よいと感じだした身体と心の感覚をごまかすように、アフロディーテは首を反らして指から逃れた。
「んだよ、触らせろよ。ずっと触ってたら取れんじゃねえ?」
「ハア?取れるか、バカ蟹め」
背けた顔の視線だけで、喉の奥で声を漏らすように笑うデスマスクをアフロディーテは睨むと、両足を割って覆いかぶさる身体へ、自由な右足をわざと重みがかかるように絡めた。
「やべえ、ヤラれる」
「それはそっくりそのままお前に返す」
「凶暴な肉食魚に食べられちまう~ってな」
「デスの次の任務は、アマゾンにしてくれってサガに言っとくよ」
「…次の任務はお前と一緒じゃなきゃやだって、力いっぱいだだ捏ねてやる。…すっげえ日射しだろうなあ…。ココなんかよりもよっぽど日射しがギンギンで、あっという間に小麦色」
「絶対行かない。一人で行け。もしくはシュラでも連れて行けばいい。正真正銘の黒山羊になれるじゃないか。なんと健康的なんだろう」
「あーそれはそれで…すげえおもしれえけど、後でカミュにブッ飛ばされたらどうしよう。私のシュラがこんがりと…つって」
「それなら大丈夫だ、カミュはぶっ飛ばしたりなんかしない。…ちょっと凍らされるぐらいだよ」
「それ拳じゃねえだけで、なんも変わんねえだろーが」
「拳か小宇宙かどっちか選べって。あーどうするかなあ…どっちがいいかなあ…」
「どっちもイヤだっつーのな。つーか、ベッドの上でする話じゃねえだろコレ。どーでもいい」
言葉を交わしながらふと気付けば、背けていた顔が、また真下で小さく声を立てて笑うのを見て、デスマスクは内心でしてやったりと思いながら、左の目元を目がけて唇を落とした。
う、と小さな声が漏れて笑う声は途切れる。
途切れるのと同時に、また指先は素肌の上をぬらりと這いだす。
五本ある指先にはそれぞれ別の意識が備わっているかのように、一本はあやす様に撫でて、だがもう一本は皮膚の下の無数に散らばる心地良さの一粒を探るように肌を押して、あと二本で皮膚を甘く遊び、残る一本は爪の先で掠めるように、アフロディーテの肌の上を滑る。
ひらひらひらと柔らかく踊っているくせに、その中に隠れている目的が違うことなど分かりきってはいるが、
「…あれだ…イソギンチャクだな」
そのまま真剣になるのも癪なぐらいに触れる部分が的確だからと、アフロディーテは迅速にその反応を抹消しようと話を変えた。
「おまえはさぁ・・・空気よめよ」
「空気?雰囲気?いまさら必要ないだろう私達に。ガキじゃあるまいし」
「よく言うぜ。電気消せだのいきなりいれるなだの言う癖に。まあ、たいして繊細なタマでもねーのは認めるわ。」
たまには無理矢理してやろうか、とデスマスクは耳元でからかうように囁いて、それでも指の動きは止まらなかった。
「…酷く抱く根性なんかない癖に」
「ああ?…なめてんなあ、お前」
わかりやすい挑発に挑発で返したアフロディーテを弄ぶ指は、明確に敏感な箇所を躊躇いも無くつまみ、快感を呼び起こさせて、声を奪い、酷い快感の雫をあちこちに落とす。
それは真剣にならざるを得ない状況を無理矢理に、アフロディーテの身体に埋めこんでいく。
デスマスクに絡んだつまさきが、耐える力で僅かに震え、しなやかに宙を伸びる。
「…なめて、いるのは、どっちだ」
頭を抱き込むように押さえ込まれて、性懲りもなく左の目元に落ちてくるキスから逃れながら、アフロディーテはデスマスクにつままれているのと同じ箇所を、シャツの裾から忍び込ませた指先で抓った。
「ってえな。もっとさあ…優しく触れよ。…ヘタクソ」
「ここも触ってたら取れるんじゃないか?」
「…取れてたまるかっつーんだ。俺様のチャームポイント」
「…それは、ずいぶんときたな…、う…」
「あーはいはいはいはい、もういい子だから黙りやがれ?」
そう言ってデスマスクが柔らかく歯を立てたのは、左の目元の小さな一粒。
与えられた心地よさを消すことができないのなら、せめて指先で抵抗をわからせてやろうと思ったのに、結局、落ちた雫を書き直すことはできないのか。
「…あとになったらどうする」
至近距離で沈んだ頭をなんとか押しのけながら、アフロディーテが吐き捨てれば、赤い瞳は真上から鋭く見下ろして笑う。
「どうもしねえよ。」
柔らかいベッドの上の視線も言葉も、少しも柔らかくはないのだ。
「どうもしねえし、あーーつーかもう、めんどくせえ。」
前髪を掻きあげて押さえ込む手のひらも、髪を絡める指先も柔らかくはない。
でも、どこの場所にいてもどんな言葉を吐き出していても、柔らかい確証のあるものが一つだけあり、今まさにそれは、アフロディーテの上に落ちてこようとしている。
「せっかく、優しくしてやろうと思ったのに。やっぱやめた。」
アフロディーテは、奪われる前に息をする。
息を吐く。
それから、柔らかい重みを抹消する気には、なれなくなった。