2018シュラ誕
共に闘うということは難しい。力をあわせて、目の前の敵へ共に立ち向かうというのは、とても難しいことだった。
「これは弱音じゃないが、あいつらは相当手強い」
小宇宙を潜め、息を潜めて身を隠すのは、聖域の一角だ。
今や十二宮も含めた聖域の全域は、すべてが戦いの場と化している。
「うむ。改めて対峙をすると彼らの連携は素晴らしい。短時間で会得できるものではない」
息を殺した言葉でさえも、直接交わしたのは数時間ぶりで、シュラは無言で頷いた。
感心したようなカミュの囁きに反論も同意もあったが、木々の葉が触れ合うような、微弱に空気が揺れたような気がして、声を発することはやめた。
それが気のせいであればいい。むしろそろそろ気のせいであってほしい。
星明りしかない闇の中で、じっと見据えるようなカミュからの視線を断ち切って、シュラはひたすら泥の中から、たった一粒の砂のような金を探す気持ちで、全神経を集中させて夜の中の気配を探る。
この戦いという名の鍛錬が始まったのは、まだ寒空の下で太陽がけなげに輝いていた頃だった。
――お前も集中しろ
振り切ったはずなのに、いつまでも眼差しの気配がやまないような気がして、シュラは小宇宙で苦言を伝える。
――私は集中している
すぐさま無音の異論は唱えられて、やはりそれでも途切れぬ視線の小宇宙に思わず舌打ちが出そうになった。
ありとあらゆる活動音を今ここでむやみに立てるのは、勝利へむけての悪手といっていい。
この命をつけねらう敵の中には、おおまかに犬を冠する星座を持つ者が複数いるのだ。
苛立ちに歯を軋らせる音でさえ、舌を弾く音でさえ、犬は人よりもはるかに性能の良い耳で拾いあげる。
――このままだと夜が明ける。もう何時間続けていると思っているんだ
シュラは半ば苛立ちにも似た疲弊に流されるまま、ただの八つ当たりのような小宇宙をカミュに投げ放った。
長期戦の疲労にくわえ、慣れない共闘での息苦しさもあった。だからこそ、この鍛錬は行われていて、いまだに終わりが見えない。
――シュラ。このような時ほどクールでいなければならない。これが鍛錬でよかったのだ
諭しているのか、煽っているのかわからないカミュの声に言い返そうとして思いとどまる。
身を潜める大木と藪のすぐ向こう側に、今度は確実に気配がある。と、身構えた瞬間に黒い中空に鋭い鋼線のような軌道が走り、身を伏せる。先ほどまで頭があった場所の眉間を正確に射抜いて通り過ぎた攻撃は、目標に突き刺さらなかったことを悔しがるように、あたりへ芳醇な花の匂いを振り撒きながら消えた。
「あの野郎…!」
咄嗟に漏れ出た声に、体勢を立て直したカミュが隣で息を飲む。
「いつの間にか彼も加わっていたのか」
「あいつが鍛錬の時には絶対に俺が混ざってやる…!くそっ!」
「まずいのだ。アイオロスとアイオリアは氷河達でも相当手こずったと言っていたのに、今日は白銀聖闘士なうえ……黄金聖闘士まで」
たまには手合わせをと、聖域を訪れていた青銅聖闘士達を見ていたアイオロスが、いっそのこと全員で仕掛けてくればいい、と言ったことから全ては始まっていた。
アイオロスとアイオリアの黄金聖闘士二人と青銅聖闘士四人で始めた二対四の複数戦は、いつの間にかまざっていた鳳凰座によって二対五となり、息の合った連携攻撃であの手この手と攻め込んでくる五人を全員地へ這わせるのには、相当苦戦をしたという。
一対一で戦えば、青銅聖闘士達とはまだ力の差がある。だが、必ずしも戦闘は一対一なわけではない。
利を考えれば一対複数の図になるのは明白で、黄金聖闘士だからこそ一対多数の構図になるのは想像に難くないのだ。だが、その力の強大さが故に連携することは難しかったと、実践をした二人は口にした。今必要な鍛錬は、戦闘において敵の動きを読むことだけでなく、味方の動きを予想して力を合わせることだということになったのだ。
個別に戦えばおよそ負ける敵はいないのだろう。
一対一で戦えば青銅にも白銀聖闘士にも負けることはないのだろう。
しかし、互いの顔も姿も見ずに息をつく間もなく流れるような連携の攻撃ができるかと問われたら、確かに大手を振って頷くことはできないと、シュラは話を聞きながらひそやかに思っていた。
黄金聖闘士二人に対して、白銀聖闘士複数人で構成した一組が攻撃をするという形態の鍛錬が始まった時には、それでもそれなりに戦うことができると自負していたが、現実はそうではなかった。手を組む相手は好きに選んでいいということだったので、一番息が合うと言っていい、息の合わせやすい相手を選んだというのにも関わらずにこの様だった。
黄金聖闘士が十二宮を守護する役割を主とするならば、白銀聖闘士は外界での実質的な任務を雑多にこなしている。戦果を問わない単純な戦闘数で推し量れば、確実に白銀聖闘士のほうが経験数は多いのだ。複数人での戦闘には慣れきっているといってもよかった。
息をするように相手が誰であろうと、攻撃を重ねて仲間の動きを読み、援護し合い、互いの隙を補うことに長けている。
それは単なる力技で、押し返すことも弾き飛ばすこともできないものだったのだ。
シュラもカミュも、今更ながらにそれを痛感していた。
そこに黄金聖闘士が混ざった事実だ。混ざった本人の思惑は、確実に面白いからというだけであることが手に取るようにわかるのがまた、さらに追い打ちをかけた。
「もう隠れていても仕方がない。かたをつけるぞ」
思わず口についた言葉は、またカミュに反論されるだろうとシュラは思っていた――が、暗闇の中で前触れもなく柔らかなものが唇にあてがわれて、揶揄うように離れていって、唖然とする。
闇の中でも触れたものの正体に悩むことがないのは、良いことなのか悪いことなのか、今はわからなかった。
「……何をしてる。こんな時に」
「こんな時だからこそしたのだ。貴方は気づいていないと思うが、今日の夜は深けたから明日になっている」
今まさに唇を奪ってきたとは思えないほどの冷静な声音が聞こえたかと思うと、カミュはあからさまに居場所を伝えるように小宇宙を高めて立ち上がり、薔薇が飛んできた軌道の先を見据える。
「意味がわからん」
「わからないのなら、鍛錬が終わったあとに教えるのだ。シュラ。今私は妙に興奮しているのだが、それはこの半ば逆境という中での戦闘に昂揚しているのもあり、日付が変わった所為でもあるのかもしれない」
「だから、」
なんでだと、シュラが聞き返す前に、カミュは光の速さで飛び出していった。
意味がわからない、とシュラは己に言い聞かせるように独りごちる。探るばかりだった敵の気配は、カミュへの攻撃で、人数も方向も手に取るようにわかった。一際大きな黄金の小宇宙が闇の中で火花のようにぶつかって散る。
意味がわからないまま負けるのは心の底から許せもしないし、答えを聞き出せぬままカミュを地へ這わせるという、疑似的な死に向かわせるわけにもいかなかった。
シュラは気配を殺したままで音もなく、敵の背後に忍び寄る。
好き勝手に熱だけを残して戦場へ赴くのだから、やはり共に闘うこととは困難と同一の意味を孕み、そして興奮した。