2014年エイプリルフール
カミュ総受アンソロジー
「Aquarius April Hooligans」
小説/漫画/ポエム/ショートソングサンプルまとめ
■ムウ×カミュ
「ゆずれない」
■アルデバラン×カミュ
「アクエリアスは恋を呼ぶ」
■サガ×カミュ
「You can only go so far.」
■デスマスク×カミュ
「ラティノ・ラヴラヴ」
■アイオリア×カミュ
「初心」
■シャカ×カミュ
「煩悩スイッチ」
■童虎×カミュ
「てのひら」
■ミロ×カミュ
「suggestive」
■アイオロス×カミュ
「恋・愛・短・歌」
■シュラ×カミュ
「erotica oil」
→main「山羊水瓶」へ移動
■アフロディーテ×カミュ
「四月の魚」
■カノン×カミュ
「おれをみろ」
■シオン×カミュ
「The knee」
「ゆずれない」
会いに来たのは、口論をするためではなかった。
「貴方も常日頃のようにここへ来ているのだから、いい加減理解をしたらどうなんです?」
「理解など!私は十二分に理解をしているつもりだ!だからこんなにも…譲歩している」
「譲歩?…きちんと言葉の意味を理解したうえで言っているのですか?頭の良い方だと思っていたのですが」
ふふん、と鼻先で一笑されて、カミュは歯痒さを感じながらも、ムウの顔に浮かぶ余裕に腹がたった。
はるばる、カミュが宝瓶宮から白羊宮へ赴いた理由。
それは、なんてことはない恋人同士の、犬も食わないものを終わらせたいと思ったからだ。
「譲歩の意味ぐらいわかっている。…別に、今日は言い合いをしにきたわけではないのだ」
お互い頭の堅いもの同士であるということは、心を繋いだ初めの時からわかっていたことだ。
こうだと決めたら、決して揺らぐことのない、頑なさを持ち合わせていることも。
でも、だからこそカミュは、ムウと喧嘩などしたくはなかった。
何度口論となろうが、掴みあいの喧嘩になろうが、離れる気などはさらさらないのだ。
自分もムウも。
それぐらい、互いに互いを必要としているのに、どうしても譲れない想いがある。
カミュは何度も頭の中で、胸の内で、冷静を示すあの言葉を唱え、濃い緑の葉の色を湛える知的な眼差しを見つめた。ムウは、聡明だ。だが、聡明だからこそ、言葉で感情を伝えようとすると、感情よりも弁ばかりが先に立って、理屈を投げ合ってしまうことが多々あった。感情を声にするよりも瞳を重ね合わせたほうが、伝わりやすい。言葉をかわすよりも、身体を重ねたほうが甘くなるのと同じように。
カミュが、黙ったまましばらくのあいだ真摯な眼差しをそそぎ続けると、ムウは観念したように視線を反らせる。
小さく溜息をつき、再び目があった時には、整った美しい顔立ちから、険がとれていた。
「別に私だって貴方と喧嘩などしたくありませんよ。カミュ。だって私は貴方を愛してやまないのですから。ただどうしても、いえ、貴方が理解をしてくれたら今よりも何倍も嬉しく、喜ばしいことだと思ったのです」
「それは私も……貴方と同じように思うが、」
聡明なムウは、時々、理知とはかけ離れた言葉をさらりと紡いだ。カミュは、真摯な顔でさも当然のように溢された愛の告白に、頬を赤らめる。ベッドでかわす激情がふいに頭をよぎり、頭が沸騰しそうだった。カミュは、ばつが悪いと視線を反らしたが、ムウがむける眼差しの穏やかさは、正面から見つめずともひしひしと感じる。いくら論じ、反発をしたところで、カミュはムウのこの微笑みを手放したくないと思うのだ。激情を秘める穏やかな彼の微笑みの先に、晒されたいと思うのだ。
「……カミュ」
ムウに名を呼ばれ、力強いのに、まるで白魚のように整っている指先に顎を引かれて、また見つめることを促される。
「先程は少し言いすぎました。でも、貴方からもそろそろよい返事を聞かせてもらえますよね?」
柔らかな強要は、酷く心地が良く、カミュの揺るぎない決意を惑わせた。
「ムウ。わ、私は……」
「ええ。なんでしょう。カミュ」
自分はこの男を愛している。
目の前の、聡明で美しい金色の羊を。
「私は…私は、」
「ええ。貴方は…、」
「私は…確かに貴鬼のことは大変
愛らしいと思うし、ムウのことも愛してやまない…だが、」
「…だが?」
「だが!やはりッ!氷河とアイザックだって、程良く成長してしまったが今でも十分に可愛いいと思うのだ!!貴鬼に!貴方の弟子に負けないぐらいに!」
「なっ…!?なんですって…!?貴方も大概強情ですね!あんなにむちむちなのに、貴鬼は聡明で優秀なのですよ!?こんな奇跡がありますか!」
「それは理解しよう!でもッ!氷河とアイザックが貴鬼と同じくらいの頃なんて、ペンギンの雛鳥のように丸くて可愛かったのだ!それがあんなに逞しく成長し…いまやセブンセンシズにすら目覚めているのだ。そのことをムウこそよく理解してほしい。私のことを愛してくれているのならば!」
「…ちょっと待って下さい。私、今思いだしたんですけど、その貴方の可愛い愛弟子のうちの一人ですが、貴鬼のことをぼこぼこにしてましたよね。そういえば」
「ウッ」
「そういえば、もう一人の弟子が命を掛けた重大な闘いの時に聖衣を直してあげたのは誰でしたっけ」
「ううっ…」
ムウから淡々と告げられる、二つの愛と愛情の狭間でカミュは揺らぎ、唇をきつく噛み締みしめ、唸る。
「……そんな怖い顔をしないでください。愛らしい顔が台無しですよ。フフ。ですので、」
噛んだ口を解くように撫でるムウの手は優しかった。だが、普段は押し隠す激情が、ちらちらと笑みの影から這い出てくるのを、カミュは実感する。
穏やかな眼差しの圧力に、動けない。
「……ですので、弟子が起こした不始末は、師匠にぬぐってもらおうと思います」
「な、なにッ!?…なにを言っているのか…私はよくわからないのだが」
「先日、修復の依頼とは別にちょっとした玩具を作成する依頼がありまして、作ってみたはいいもののどの程度の面白さがあるのかわからずに困っていたのです。…貴方が大変に乱れるところも、私は大好きですよ」
唇から、流れるように首筋を伝った手のひらが、逃さないと言わんばかりに肩を押さえた。
にっこりと、優雅にムウは、笑った。

「アクエリアスは恋を呼ぶ」
「You can only go so far.」
仏の顔も三度まで、という話を教えてくれたのはシャカだ。
さすがの仏ですらも、三度を越える無法や悪行に対しては情を潜ませて鬼の顔になるという。
無法や悪行に関して、私はすぐに具体的な事例が浮かんでこなかったのだが、その話を聞いた時に、「三」という数字について興味を引かれた。
ふと気付けば、私は「三」という数に関連づけられたものごとの、すぐ傍にいたからだ。
現状の、最も手近なところで言えば、私は既に三日三晩、聖域の三番目の宮で放置をされている。
放置という言葉を選ぶと語弊があるかもしれないが、限りない自由を与えられたうえで、放っておかれている。私を呼びだした当の本人は、執務という目には見えない包囲網により、約束を果たせずにいる。
「今晩は時間がとれそうだから待っていてはくれないか」
「今夜こそ」
「本当に今宵こそ」
そんな囁きを秘かに繰り返すこと三度。
「今晩」が二度続いても、彼は一度も自分の宮に戻ってこず、教皇宮で夜を明かした。
こうして交わす「約束」の一度目が叶うことは、滅多にない。
だから、私はいつの間にか一度の約束の重みを忘れてしまった。そのことを、まわりの者に話すと悲観の声しか聞こえてこないが、年を重ねていくうちに、己一人の力では、どうにもならない事象もあるということを知った。また彼が、この聖域においていかに重要な立ち位置にある人物であるのかを、まざまざと知った。
それに、非観や慰めを右から左へ受け流してしまえるほど「約束」という悪魔の囁きは、甘いから困る。二度目、三度目を苦にさせなくなる程に、私にとって彼からの誘いは酷く甘く感じるものだ。
この聖域の誰もが知っている程に彼は多忙だ。忙しく、めまぐるしい合い間をぬってでも、私に逢いたいと思ってくれるのだから、とても嬉しいことなのだ。
「今夜も戻ってこないのだろうか…」
仏の三度は過ぎ、四度目の晩を待ちながら、思わず独りごとがでてしまった。
昨晩までは、夜更けの頃合いを見計らって自宮へ戻り、眠っていたのだが、今日はもう戻る気になれなかった。単純に、ゆっくり彼と話がしたいとも思ったし、ここまできたらなんとしても、彼の顔を見てやりたいという意地もある。
でも、そろそろ待つのにも飽きた。
ゆうべは、見かねた彼の双子の弟が暇つぶしだと酒の相手をしてくれたが、今日はいない。もういっそ、眠って待とうと、リビングのソファから彼の寝室へ移動して、ベッドへ転がった。
三日前の夜に、はしたなくも浮足だって、私がシーツを新しいものに変えたきりだから、皺など一つもない。もう春も近いというのに、背中に触れる布が冷たいような気がして、私は少しだけ苛立ち、でもすぐに腹を立てた自分にまた苛立つ。仕方がないのだ。彼は、多忙だ。腹を立てたことへの後悔と叱責のかわりに、私は自ら整えたシーツの平然を乱す。ぐちゃぐちゃにする。よいのだ。どうせ彼は、戻ってこない。
二度あることは三度あるという。三度あることは四度あるのだ。
ひとしきり布を乱して皺だらけにしてやると、心に冷静が戻ってくる。頭が冷えると今度は、荒波にでも揉まれたように、しわくちゃに丸まってしまったシーツがやけにみじめに見えはじめ、切ない気分になった。
見るも無残に乱れたシーツを広げ、ひっそりと手のひらでなだめて皺をとり、元通りに戻すことに没頭する。
私は何をしているのだろう。
波立たせたことで、シーツからふわりと舞いあがった彼の香りが寝室中に広がってしまった。
三番目の宮は、あの人の小宇宙で、気配で、香りで、埋めつくされているのだ。
あらかた皺を取ったところで、どうせ眠ればまた寝乱れてしまうことに気付き、諦めた。
「……もう寝るのだ」
服を脱ぐことも面倒になり、ベッドへ埋もれる。四度を耐えた明日には、鬼となってもよいかもしれないと思う。彼はきっと、呆れた顔をするのだろうが。
「……寝るのか?」
半分寝いりかけたところだからか、幻聴すら聞こえてくる。もうよいのだ。三度は過ぎたのだから、放っておいてほしいのだ。そう思って彼の声で聞こえてくる幻聴を無視すると、そっと身体を揺さぶられる。
「カミュ。私が悪かったから…怒らないでくれ。やっと一区切りついたんだ」
「私はもう寝たのだ。また明日お会いすることを願う」
髪を撫でようと伸びてくる手の気配を退け、そう言うと、彼は小さく溜息をつき、ベッドから離れた。仏の顔も三度までだ。「三度目」まで仏が耐えたのか、「三度目」に鬼となったのかそれはわからぬことだが、私は前者だから、たまには許してほしいと自分自身に言い聞かせる。部屋の隅から、疲労にまみれた気配と、微かな衣擦れの音がする。服を着替え、眠りにつくのだろう。でも、ベッドは私が占領している。そう思っているといくらもしないうちにベッドが人の重みで沈んであえかに軋んだ。背中に感じる体温と、腹に廻された腕に抱き寄せられて私の下のシーツが撓んだ。
「…明日ではなく今逢ってはくれないか。カミュ。すまん」
「仏の顔も三度までと言う話を知っているか?サガ」
「…そ、それは知っているが…」
「貴方は子供であると思うだろうが私は三晩も一人で眠ることを耐えた。だから貴方にも耐えてもらいたいのだ。離してほしいのだ」
「カミュよ…私が悪いのは百も承知のうえだから弁解はしないが、へそを曲げてくれるな。足りない。私だってオマエが足りない夜を三日耐えたのだ。顔を見せないなんて言わないでくれ。何もしないから。こうして抱きあって眠るだけでいいから…許してくれ」
「…許さないのだ。いつまでも聞きわけのよい子供であると思わないでくれ。サガ」
「カミュ…」
名を呼び、囁く声に悲壮が混ざる。そうなのだ。子供ではない。
私は仏が与える仏罰のかわりに、瞬時にサガの腹の上にまたがって、覆い被さりながらつまらないことを言った唇を塞いだ。
返事の代わりにすぐさま痛いほど全身を抱き竦められて、そのまま身体を反転させられる。
仏罰とは、神聖なものでなければならない。何故ならば鬼であろうと、仏が与える罰なのだから。
「抱きあって眠るだけで、私の怒りは収まらぬのだ。次に貴方が約束をしてくれるのはいつになるかわからないだろう。だから貴方が疲弊をしていようがなんだろうが、おとなしく眠るだけでは許さないのだ」
余談ではあるが、彼と同じ顔をもつものはもう一人いる。
たまには、三人目のあの人にも、逢いたい。
「ラティノ・ラヴラヴ」
巨蟹宮で、出迎えたデスマスクは、言う。
「チャ~オ☆アモーレミオ♪」
手始めの軽やかなハグに包まれながら、カミュはこう答えた。
「ラムール…ジュテーム…デスマスク…」
それから頬をすり寄せあって、耳朶にキスをするのも忘れない。
イタリアの男と、フランスの男が一緒になれば、愛の言葉は湯水のように溢れでるしかない。そもそも、デスマスクとカミュが付き合いはじめたのだって、酔ってキスをしたところ、具合がとてもよかった、という理由が大半を占めた。情熱的なラティーナの血がそうさせるのは、いたしかたないことだった。
耳朶を食んでから、まずは出会い頭の舌を差し入れた濃厚なディープキスをひとしきり楽しんでから、さっとデスマスクはカミュ腰へ腕を廻して、エスコートをする。リビングか、キッチンか、浴室か、寝室へ行くかと考える。別にどこだって構わないのだ。
どこへ行ったって、二人が出会っておこなうことなど、愛を囁きあって抱きあうことしかないのだから。
「今ごろ天国は大騒ぎだろうな…。だって天使が1人、地上に逃げ出してオレの所に来ちまったみたいだからさ…」
髪を一房すくいながら、デスマスクは赤い色をしたそれに口づけながら言った。
指で作ったピストルで、打ち抜くのは間違いなく心だ。胸元を擽る指先を、やんわりと握り返したあと、手の甲へキスをしながら、カミュはこう答えた。
「おかしいのだ。このピストルには弾丸が込められていないのに、私は息の根を止められてしまった。貴方はなんと素晴らしく、罪深き狩人なのだ。もうあの天国へ戻ることができないのだ」
「天国なんていくらでもオレが連れていってやるけど?もう一個のピストルで☆」
さわ、とデスマスクはカミュの尻を一撫でし、歩くたびにぴったりとしたパンツ越しに露わになるピーチの狭間に指先を埋める。
「今度こそ、弾は込めてもらえるだろうか。愛というなの弾丸で私を貫いて欲しいのだ」
カミュは、にっこりと微笑み返し、やんわりとデスマスクのピストルを撫で上げた。
卑猥なピーチとピストルへ触れながら、気付けば寝室の前に立っていた。
「この天国のドアを開けたかったら、オレ達の合い言葉を言わなきゃならねえ。オマエならわかるだろ?ガッティーノ」
「ああ。もちろんなのだ。モナムール」
じゃあ、いくぜ?
デスマスクは、眼差しだけでそう言うと、合図のように唇を軽く啄ばんだ。
唇が離れたあと、カミュは耳元で囁いた。
「Ti amo」
それに対するデスマスクの答えは、躊躇いもなく、「Je t’aime」だった。
「天使ちゃんは、何の天使ちゃんなの?オレだけの天使?」
「…貴方はわかっている癖にそのような戯言を言う。…私は淫靡を司る天使なのだ。デスマスク、貴方だけを守護する」
ああ、それじゃ天使じゃねーな、小悪魔ちゃんだ。
そう言いながら二人は、天国の向こう側へ消えていった。
あとに漂うのは、腐ったバニラのようにねっとりとした、残り香だ。
「初心」
「アイオリア…覚悟はできているだろうか」
ベッドの上でカミュから問われ、アイオリアは思わずごくん、と喉が鳴った。
「も、もちろんだ。オレとて…いつかはこんな日がくるのではないかと思っていた」
「うむ。私もなのだ」
肩を掴まれ、真摯な眼差しで見つめてくるカミュの表情は、まさに真剣そのものだ。
その気迫に気圧されて、アイオリアは無駄に何度も頷いてしまう。
幼い頃から、全く自分とは違う性格のカミュに対して、アイオリアは興味を持っていた。
同じことを聞かれたとしても、自分が一としか答えられないことに、カミュは一以上の答えを生み出すことができた。さらには、全くもって自分では思いつかないような答えを導く為の知識も、豊富に持っていた。子供の頃から、アイオリアは本を読むことが好きではなかったのだが、時々カミュが読んでくれる本や、語ってくれる話を聞くことは大好きだった。同じ男であるのに長い髪や整った横顔を見る度に、胸が高鳴りもした。戦いの最中の苛烈さや、凛々しさもまた美しいと思っていた。
闘いにあけくれた日々が終わり、平穏が訪れたのはよいものの、聖域の内部はまだどこかぎくしゃくとしていた時、居心地の悪さを感じたアイオリアがまっさきに思いだしたことは、カミュの話を聞いていた穏やかな頃のことだった。大人の居心地の悪さを癒すためになんとなく宝瓶宮へ通ううちに、アイオリアは自分の中の純粋な思い出に、不純が混ざり始めていたことに気付いた。
話だけではなくて、もっとカミュのことが知りたい。そう願ってしまってから、カミュへ想いを告げるまでの時間は、そうかからなかった。なにげない会話の最中に、ついうっかり、アイオリアが口を滑らせてしまったのもある。
カミュは、ふいに思いを吐露してしまった時に、驚きながらも受け入れてくれた。
本を読んでくれたことが嬉しかったんだと、たどたどしく告げると、カミュはカミュで、話をちゃんと聞いてくれることが嬉しかったと頬を赤らめながら言ってくれた。
アイオリアはその時たまらなく嬉しくて、男泣きをした。せっかく好きだと言えたのだから、もっとたくさん言いたいことはあったのに、言葉など思いつかなかった。
自分が喜びに泣く姿を見て、貰い泣きをするカミュの顔を見て、アイオリアの愛情はさらに爆発して、勢いにのり、その場でキスまでしたのだが、なにぶんその先への進展は、照れや恥ずかしさもあって、なかなかすすまなかった。
「か、カミュは…その…誰かとしたことがあるのか」
大の大人の男二人が、ベッドの上で膝を突き合わせて何をしているのだろうと思いつつも、アイオリ
アはそっとカミュに問うてみた。
「その、実は…ない」
「そ、そうか…」
強い聖闘士になりたいと、脇目もふらずに修行にあけくれていたのは、カミュも同じようだ。アイオリアは、その答えを聞いて、ひそやかに安堵をした。
「だが、知識でなら…なんとか…」
「あ、ああ…」
「いたらぬかもしれないが、その…よろしく頼むのだ」
「こっちこそ!!頼むぞ!カミュ!まずはどうしたらいいんだ」
「では、まずは私がリードしよう」
ドキドキと高鳴る鼓動と共にアイオリアが頷くと、カミュはゆっくりと抱きつき押し倒してくる。
おずおずと腹の上へ跨ってきたところで、アイオリアは思い描いていた想像と違うことに気付いて、慌てて起きあがって確認した。
「ちょっ!ちょっと待て!お、オレが…オレが抱かれるのか!?」
「…いや、アイオリアが抱かれたいというのならそれでも構わないが…その、一応私が女性役をしようかと、」
「アッ…そうか、それなら…いや、オレがカミュに抱かれたくないわけではないが、その、もし抱かれるほうだったら心の準備が、だな…なんて言ったらいいか、」
裏返りそうになった声を必死に堪え、アイオリアは聞こえてきた答えにまた少しだけ安堵した。でも、動揺して言いたいことの半分も口にできなかったことを、すぐに後悔する。
違うのだ。抱こうが抱かれようが、それも全ては。自分の感じる歯痒さを、あやすように髪を撫でてくれるカミュの手が、酷く愛おしかった。
無我夢中でアイオリアは、その手をとり、縋るように抱き締める。
「くそっ…!好きだ。カミュ…好きだ…どうしてオレはもっと言葉にできないんだ…!」
暴れる子供をなだめるように、カミュはアイオリアの背中を撫でた後、自ら衣服を脱ぎ始めて、その裸身を晒した。
「アイオリア。言葉などもう不要なのだ。私がこれから溢す声だけを聞いていてはくれないか」
「か、カミュ!」
ふいに目を奪う行為に、アイオリアは驚きを通り越して何も考えられなくなる。
好きだ、好きだ好きだ。
気付いた時には、カミュのことをベッドへ押し倒していた。
「あっ!…アイオリア…あっ!」
アイオリアが、カミュの名を小さく呼んでからしばらく、獅子宮で「言葉」が囁かれることはなかった。
「煩悩スイッチ」
その時、私は通いなれた宝瓶宮にて晩飯を馳走になり、幸福な満腹感に浸りながら、大人しく出された茶をすすっていた。
カミュは、簡単な食事をかいがいしく作ったあとに、いそいそと片付けをこなし、ソファに座ろうとした。隣に座らないのだろうかと言われたが、私は床の堅い感触が嫌いではないので、誘いには乗らなかった。カミュは、わかったと言ったあと、何故かソファから降りて私に寄りそうように胡坐をかいた。可愛い奴めと思わなくもないが、口にすると大変に喜びそうなので黙っておいた。
私は、もう少しこの上手い茶をゆっくりと楽しみたかったし、カミュと静かに過ごす時間の穏やかさが好みなのだ。
しばらくの間は、カミュも無言で流れる時間を楽しんでいたようだがそのうちどこか落ち着かない素振りで、そわそわと私の髪を一房つまみ、弄び始めた。
「…シャカよ。手入れはちゃんとおこなっているのか。また少し痛んだのではないかだろうか」
「そうかね?私にとって、髪の痛みなどはどうでもよいことだ。君の髪さえ美しければ私にとっては事足りる」
「なっ…シャ、シャカ…」
己の髪など、生えているだけで鬱陶しいにこしたことはないのだ。それを言うと、カミュは絶対零度の凍気を放ちながら黙るので、それもまた口にせず黙っておく。
私の名を呼んだきり数秒の間、紅玉のような瞳を丸くしていたが、ゆっくりと頭を私の肩にもたれさせてきた。重いなどというと、また騒ぐので黙っていることにする。
私は、何事もなかったように茶をすする。うまい。満たされた時間というものは、なんでもない茶までをもうまいと感じさせるものだ。そう、私が思い、再び流れるのだろうまったりとした時間に思いを馳せていると、肩の重みがふいになくなった。
「どうかしたかね?」
「そういえば私はシャカに聞きたいことがあったのだ」
カミュは、ちらちらと私の顔を見た。なんなのだ。一体どうしたというのだ。
「うむ、なんだね。なんでも聞きたまえよ。このシャカ、君の問いに答えられないことなどない」
そう思いながらも答えてやると、カミュは嬉しそうな声で本当か、と言ったあと、らんらんと興味に輝かせた子供のような目を向けて、問うた。
「ずっと気になっていたのだが、シャカのその…なんといったらいいのかわからぬのだが、額の突起のようなものはなんなのだろうか」
「うむ?…ああ、これかね。君はこれが気になるのかね」
どうやら彼の興味は、私の額にむけられているようだった。こくん、とカミュが頷く。
「触ってみるか」
「よ、よいのだろうか!!その、神聖なものなのではないのか?」
「ふむ。今の君の質問は酷く矛盾をしているのではないだろうか。君はいつだって私に触れているではないか。神に最も近いこの神聖な私に」
「あ、…あッそ、そうなのだ!私は常に神聖な貴方に触れているのだから…今さらという解釈で…あっているだろうか」
恐る恐るカミュが問いかけてくるので、私はうんと頷いてやった。
カミュと私は年が同じはずなのだが、時々この男は子供のように好奇心に満ちた眼差しをすることがある。他の誰かの前でのカミュは、傍から見ていても冷静さに満ちていると思うが、二人きりの時にはそう感じることはない。私と二人きりの時のカミュは、冷静ではない。それは私がそうさせているというのもあるが、素直である。そう、まるで子供のように。カミュの顔を眺めていると、私の心の奥に潜んでいる悪戯の虫がむずむずと動きだすのだ。
「…それで、君は触るのかね、触らぬのかね」
カミュはうむと答えてから間を置いて、触ると口にした。私は、顔を近づけ、額にかかった髪を持ちあげてやる。
「…ならば触れ。だが、触れたあとに何が起こるかは私にもわからぬ」
「なんだと」
あと数センチで触れるところだった指先が、動揺に揺れて引っ込んだ。
「だから、それでもよいのなら触るがよい」
「いや、シャカ。そんな…もし私が触れて貴方に何かあったら大変なのだ!」
カミュは焦りながら、そう言って酷く慌て、距離を取った。とても素直で真面目な反応と表情は、私を楽しい気分にさせる。
「実はな、さきほどは黙っていたがこれはとあるボタンなのだ。大変に神聖なボタンであるから、もちろん私は自分自身で触れたことが無い。だからこそ、今君にそう問われて少し自分でも興味を持った。このボタンを押した結果、もしも命に関わるようなことがあったとしても、君が押してくれたのならばどんなことでも受け入れることができよう。だから…頼む。カミュ。私のボタンを押してはくれぬかね」
「そんな…シャカ!私に貴方を殺せというのか?そんな…なんと酷い仕打ちなのだ」
カミュは、顔面を青くさせて涙目になる。彼をからかうのは赤子の手を捻るよりも簡単だと思う。
「だが、君は私に興味を持たせてしまった。私が一度実行すると思ったことを、放りだす性格でないことはよく知っているはずだ。なに、実際死ぬという確率はないに等しいと思うのだよ。私が今こうして生きているのだから」
私はそっと彼の手をとり、なだめるようにさする。
「それに、なにかあったとしても君なら共に…いくことができると信じている」
「シャカッ!」
カミュは、ぐすっと鼻をすすりながらひしと抱きつき、額の端にそっと唇をよこしてくる。
「決意は固いのだな…だが、私は貴方にもしものことがあったときにはともに行くのだ…私もつれていってほしいのだ」
「カミュ…!君は本当に愛らしいのだね…私の覚悟はできている。さあ、いつでもきたまえ!」
最後にぐっと抱きあったあと、カミュは決意を込めた瞳とともに額のそれをぷに、と押す。
私はその瞬間、抱き締めていた彼の身体を床へ押し倒した。
「なっ!?」
一瞬、なにが起きたのかわからないといった顔で、カミュが見あげてくる。
「…カミュがボタンを押した瞬間に突然煩悩が…あばれだした。どうやらこれは私の三大欲求のうち性欲のボタンであったようだ」
身動きがとれぬよう小宇宙を使って動きを制限すると、どうやらそれには気付いたようで、眼差しに疑惑の色が浮かびはじめる。
「シャカ…それは本当なのだろうか…?」
「もちろん本当だとも。ともにいけるといったのだよ」
ついに私はこらえきれなくなって笑む。
そう告げた途端、カミュははっと息を飲んだ。だがもう遅い。
私の中の煩悩が、カミュの所為で暴れ出したということは、本当なのだから。
「てのひら」
カミュは、とても悩んでいた。
本来ならば大変に喜ばしいことであるのに、どう対応すればよいかもわからない。
それは、カミュにとって全くもって初めて体験する事柄ではなかった。
以前は息をするように対応することができていたのに何故、今こうして悩んでしまうのだろう。
そう自分自身に何度も問いかけながらカミュは聖域をあとにして、とある場所へ向かった。
今回の事で悩んだ時に、真っ先に指示を仰ぎたいと頭に浮かんだのは、童虎だった。
「…ふむ、それでオマエさんは悩んでいるというんじゃな」
「…はい。聖戦を終え平穏が戻った今、一体私が彼らに何を伝えるべきなのか、わかりかねているのです」
振り上げ、一思いに降ろされた鍬が、堅い土をいさぎよく掘り起こす。
五老峰で童虎が愛弟子と共に耕している畑をぼんやりとカミュは眺めて返事を待った。
ざくざくと、童虎は無言のまま鍬を振り続ける。
カミュにとって答えを待つ、一分一秒はとても長く感じた。
悩みとは、平穏が戻ったあとに、再び二人の弟子達から鍛練の指導を仰がれたことについてだ。
昔は、氷河とアイザックが子供の頃は、聖戦を終える前までは、カミュは二人から師と呼ばれることに、何一つの疑問を抱いたことはなかった。
多くのことを考える前に、カミュとて聖衣を賜ったばかりの頃だったから、ただむしゃらに目の前の子供達を指導をしていた。
六年前の時分にだって、悩まないことなどなかった。
だが、確実に現状感じている苦悩とは質が違う。
もう、氷河もアイザックも聖衣を持たぬ子供ではないのだ。
カミュは、身体も心も著しい成長を遂げた今、自分が教えられることがあるのかとさえ感じている。二人とも、ただ甘んじて闘士の道を歩んだわけではなかった。それぞれに、苦悩し、辛苦を味わい、そのうえで再び生きる道を交わらせようとしていた。
そこに、自分をも含めてくれるのだから喜ばしいことこのうえないのに、でも、だがしかし、と堂々巡りになった。
ざく、ざく、と童虎は今だ土を掘る。
カミュは、何故何も仰ってはくれないのだろうと思う。
無言は己の未熟さを痛感させた。
ざく、と一際大きな音を立てて童虎は鍬を地面へ突き立てる。
ゆっくりと、額に浮かんだ汗を拭ってからやっとカミュのことを見た。厳しい顔をしたまま、ゆっくりと近づいてくる。
カミュは、雄大ながら、いつも笑顔を絶やさない童虎のそんな表情を、初めて目にした。
思わず、身体が竦んだ。一体何と言われるのだろう。否、なんと叱責されるのだろう。
童虎は、ややカミュを見あげながら鍬をもたぬ腕を振りかざす。
「カミュよ。オマエは愚か者じゃな」
ああ、きっと、老師はふがいない弱音を吐いた私へお怒りになっているのだ。
カミュはそう内心で実感しながら、ぐっと身体に力を込めた。振り上げた手で、頬を張られると思ったからだ。でも次の瞬間、童虎がしたことは頬を殴るでもなく、叩くのでもなく、そっと頭を撫でることだった。
「ろ、老師…?」
「オマエはかたく考えすぎじゃ。ちっと心を穏やかにせい。弟子に何かを教えてやるなどと思わぬことだ。そもそもワシらが弟子に教えてやれることは聖闘士として、いや、ひとりの人間としてのほんの些細な心構えだけじゃ。あとは勝手に学んでゆく。でも、二人は立派な闘士になったじゃろ?ワシは今ある答えが、全ての結果だと思っとるぞ」
太陽の光を浴びた童虎の手は、酷く温かく、時折鼻をくすぐる土の香りがやけに心を揺さぶって、カミュは子供のように撫でられながら、目がしらが熱くなるのを実感する――。
「suggestive」
ミロとカミュは、共に与えられた任務をこなしたあと聖域に戻ってきた。教皇宮で簡単な報告を終えたあと、宝瓶宮へ戻る。
バタンと居住区の扉がしまった瞬間に、ミロは聖衣を纏ったままでカミュへ抱きついた。
「疲れた。セックスしよう」
「まだ聖衣すら脱いでいないではないか。オマエがそういう気分なのはわかったがせめてシャワーを浴びるくらい、」
「無理」
ぐりぐりと、柔らかな癖毛を押しつけるようにして、頬を摺り寄せてミロは甘える。カミュは、仕方ないと溜息をつく。
でも、二人きりで、人の目がなくなった途端に甘えてくるのは、悪い気分がしないと思う。
ミロは、カミュと二人きりになると酷くわがままで、酷く甘えただ。幼い頃から、恐らく一番長い時間を共にしているのに、それだけは、ずっと変わらない。
「他の聖闘士には見せられない姿だな。ミロ」
「オマエにしか見せる気はないし」
さもなんでもないことのように言いながらキスをしようとしてくる唇を、カミュは先に塞ぐ。自ら舌を差し込んで吸った。
「なんだかんだカミュだって乗り気なんだろ?」
「私だって健全な男子だ。オマエがそんな風に挑発をしてくるから興奮してきたのだ」
息が続くまで唇を貪ったあとに耳朶を舐めながら告げると、ミロは上等と口にしながら、カミュのことを躊躇いもなく抱えあげて、いそいそと寝室へ運ぶ。
「今日はカミュが上な」
「もちろんそのつもりなのだ」
「オレいっぱい声だしていい?」
「もちろんなのだ。私はオマエの喘ぎ声を聞くのは好きなのだ。余計に昂ってしまう」
ミロは抱く時に、抱かれているカミュ以上に気持よさそうな声をあげる。
それを耳にすると、激しくカミュは興奮してしまうのだった。
居住区の入口から、寝室まではいくらの距離もないのに、もどかしく思う。
二人で過ごした時間の長さと比べたら、ほんの刹那の時間であるにもかかわらずこんなにも、もどかしい。
ミロは、寝室の扉を蹴るようにして開ける。ベッドへ放り投げられ、すぐさま覆い被さられて、カミュはミロを抱き締めてから、くるりと身体を反転させた。
「聖衣は?」
「めんどくさいな。インナー破ってもいい?」
構わない、と返事の代わりにカミュはミロの聖衣の股の部分に手を差し入れて、爪の先でインナーの大切な部分を破った。ピリ、と音をたててできた小さな穴からぐっと手を突っ込んで、裂け目を押し広げていく。すでに猛りつつあったミロの蠍座は熱を帯びながら、こんもりと形をなしていて、破かずともあとは丁度良い具合に顔をだした。
「ねえ早くいれさせて」
「気が早いのだ。ミロ」
「カミュが悪いんだオレを挑発するからさ。聖衣を脱ぐ間もくれないから」
それは、オマエが甘えてきたからだ。
カミュは、そう言い返したいのを飲み込むように、ミロの股間へ顔をうずめる。
ああ、早く声が聞きたい。聞きたくて、聞きたくて、たまらない。
「恋・愛・短・歌」
アイオロス
何故に貴方は
アイオロス
それはカミュ
オレがオマエを
食べちゃうからさ
可愛いね
カミュのおしりは
可愛いね
いやなのだ
そんなに熱い眼差しで
私をみてはいけないのだ
「erotica oil」
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「四月の魚」
石段の向こうに今日も赤薔薇。
日が落ちてから見るその赤い薔薇のはなびらは
麗しく閉ざされた唇の奥の、その奥にある言葉をそっと囁くようで
目を逸らしてもじっと見つめられているようで
私はいつも耐えられない気持になる
耐えられない気持になるのだ
石段の向こうに今日も白薔薇。
息を殺して覗き見たその白い薔薇の雄茎は
繊細な肌の下のその先の、さらに深くの淫らをそっと揺らすようで
振りほどいてもじっと絡められているようで
私はいつも耐えられない気持になる。
耐えられない気持になるのだ。
石段の向こうに今日も黒薔薇。
胸を昂らせて押し当てたその黒い薔薇の荊棘は
弧高の生と命に隠れた、その奥にある現実をそっと映しだすようで
逃れ逃れてもじっと貫かれているようで
私はいつも耐えられない気持になる。
耐えられない気持になるのだ。
石段の向こうに今日も青薔薇。
淡水色の彼の瞳がじっと私を見つめている。
「おれをみろ」
俺が海界でのことを話してやると、アイツは素直に喜んだ。
ほとんどは、弟子の話を聞きたかったからだろうが、聖域ではいつだって、腫れものにでも触るような扱いをされていた俺にとっては、声をかけてくれるというだけで、嬉しいことだった。
だから、知っている限りのことは教えてやった。でもそのうち、アイツの口から飛び出してくるのが弟子の名前じゃなくて、俺の名前であったらいいのにと思うようになった。
「アイザックはその時なんと言ったのだ?」
「聞きたいか?」
「もちろんなのだ。貴方から聞く話はとても面白く、興味深い」
この赤く薄い唇が、俺の名前だけを呼んで、赤く美しい瞳に俺だけが、映るようになればいいのに。
「The knee」
教皇の間での静か過ぎる執務の時間に、ひそひそと聞こえてくる話し声とささるような視線は、このうえなく痛いものだ。
「オイ…アレ、大丈夫か」
と、シュラが隣にいたアフロディーテに耳打ちする。
聞こえている。ああ、シュラ、その声はしっかり届いているのだと思いながら、カミュは自分が座る人肌の椅子の感触を実感した。
カミュは、シオンの膝に上に座らされたまま、執務をこなしている。
正直なところ、何故このような事態に陥ったのかは測りかねるが、恐らく昨晩ベッドの中で、子供の頃の思い出を語ったことが原因かであるかもしれないと思う。
皺くちゃだったシオンの手に引かれて、宝瓶宮へ初めて足を踏み入れた時のこと。それから、鍛練の辛さにへこたれた時、優しく抱き締めてくれた手のこと。
そのどちらの思い出のシオンも、年を得た姿のことで、今となっては若々しい姿となったシオンは、過去の自分に嫉妬をしているような素振りを見せた。
当然カミュは、シオンの軽い冗談だと思っていたのだが、実際のところ本気だったらしい。
執務のために、教皇の間へ訪れてみたところ、およそ自分が座る予定だった執務机は撤去されていて、それを問うたところ当たり前のように膝へ座れと命じられたのだ。
それは、間違いなく勅命だった。こんな時ばかり、教皇である権限を振るわないでもよいだろうとカミュは思ったが、シオンは嬉々としながら自らの膝を見せつけるように叩いたのだった。
「どうだ。十八歳の私の膝の座り心地はよいだろう?手だってすべすべなのだぞ。惚れ直しただろう。カミュよ」
「あ……はい」