Eetrusts

そしてまた、ふりだしに戻る。※パンティ話

山羊水瓶
獅子乙女
蟹魚


はじまりは、シャワーを浴びにいった浴室の隅に落ちていた、一枚の黒い布だった。
宝瓶宮の浴室でこれからの行為に備え、身を清め終えたシュラは身体を拭いながら、それに気付いた。脱ぎ捨てた衣服でもなく、タオルでもなく、ぺろりと無造作に投げられていたものを何気なく拾いあげる。
「…なんだコレ」
一見、光沢のある紐のような形状のものを広げる。くしゃくしゃの小さな布は、前も後ろも心もとない、いびつな三角形だ。
「……」
シュラは、両手で皺を伸ばすように掴んでいる布を眺め、およそ三秒間ほど、布の使用方法および使用形態についてを模索したあと、無意識にそれの匂いを嗅いだ。
石鹸の香りがした。

それからぐしゃりと握りつぶして、素っ裸にタオル一枚を掛けたまま、寝室へ行く。
「カミュ!!」
勢いよく扉を開くと同時に、怒号とも言える声で名を呼んだ。
ベッドのシーツを取り替えていたカミュがびくりと肩をすくませて、振り返った。
「ど、どうしたのだ…?」
カミュのあきらかな驚愕の色を眺め、無言のままでシュラは足早にベッドへ近づく。
「シュ、シュラッ…な、なぜアナタは何も身につけていないのだ…い、いくらシャワーを浴びたからと言ったって全裸は、」
ちらちらと、素肌であることを確かめつつも、カミュは視線を彷徨わせた。だが、シュラにとって、今重要なのはその恥じらいであるとか、表情などではなく、
「…おい…オマエ…これは一体どういうつもりだ」
と、お構いなしに詰め寄る。
「…なに?」
「なに?じゃない。これは…これは一体…このけしからんパンツは…オマエのか!?オマエのだったらいつ手に入れたんだ!?というかいつ履いてた!?」
そう一息でまくしたてると、カミュは一瞬目を丸くしてから、意味不明だといわんばかりに怪訝な顔をする。
「貴方こそ一体何を言っているのだ。よく意味がわからないが」
「意味もなにも…それともコレはオレに履いてこいということなのか…少なくとも、オレはオマエがこんなものを身につけていたのを見たことがないからな!」
カミュの表情を目にしたシュラは、らちが開かないといわんばかりに手の中のものを眼前で広げてみせた。鴉の羽根のような、滑る艶を帯びた布を目にした瞬間、カミュはそわそわと視線を彷徨わせて、なおのこと動揺した。シュラは、カミュの様子を見て、慟哭半分、興奮半分の複雑な気持ちになった。
「あっ…いや、それは…その…だな、」
口ごもり、言い訳を述べようとしたカミュのことを、シュラはきろりと睨む。
「なんだ。どういうことなんだこのパンツは」
限界まで引き延ばした布がぶるぶると震える。浴室の片隅に落ちていた黒いビキニのTバックショーツだ。カミュは、シュラのやんごとない眼差しを眺め、小さく息を吐いた。
「…それは…アフロディーテからもらったもので…」
「なんだと?」
「あの、決して貴方が腹を立てるようなことではなく、先日何気なく双魚宮を通った際に呼びとめられて、突然渡されただけなのだ。くれるというから。渡されてはみたものの尻が丸出しの下着は落ち着かないと思ってだな、」
「またアイツか!!クッソ…だが、尻が丸出しということはオマエは…履いたんだな?」
シュラは、舌打ちを交えつつカミュに問うた。
「それは!決して履いてはいないのだ!!」
「…本当か?」
「うむ!!本当なのだ!…せっかくもらったのだからとも思ったが包装もされておらず、一体どのような意図であるかもわからなかったので…それが…そのままになっていたが故に…」
カミュの話を聞きながら、シュラはなんともいいわけめいた言葉だと思った。だが、アフロディーテへの苛立ちのほうが、はるかに勝っていた。
宮が隣ということもあって、アフロディーテは、カミュに対して特に目をかけている節がある。それが、シュラは気に入らない。アフロディーテはどうしようもない悪友であって、カミュは大切な恋人なのだ。腐れ縁の友など、ろくでもないことしか吹き込まない。Tバックの下着など、カミュに渡してどうしようというのか。
「もしかしたらアフロディーテが履いていたかもしれない…そんな破廉恥な下着など…履いたところで誰に見せるんだ」
シュラは、下着を放り投げ、いきり立つ内情とともにあえてカミュに聞いた。
「…それは貴方しかいないが…」
困惑した様子で、でも確かにカミュは即答した。見せる者など、自分以外の他にないと。シュラは、素っ裸のままでベッドへ乗り上げて、カミュの退路を断つように追い詰める。
「オレは、アイツが履いていた下着などに興味はない」
額をぶつけ、唇が触れあわないばかりの距離で囁くと、カミュはごくりと喉を鳴らした。
「それはまだ…決まったわけでは」
「…だがな?オレだってオマエが履いたけしからない下着についてはそうじゃない。酷く興味がある」
「わ、私よりもアナタのほうが似合いそうな気がするのだが」
「オレのことは別にいい。それよりも…だ」
シュラは、ぺろりと前髪を伝い、頬を流れて唇まで辿りついた水の雫を舐める。薄ら赤く染まった吐息に耳を擽られて、迷わずカミュが身につけていたデニムの中に手を差し入れた。小さく飲まれた呼吸。指先で探る下着の形は、よくよくカミュが身につけている四角いボクサーパンツの形だ。ぴったりと張り付いた布の上からでもわかる尻頬のラインを撫でる。手のひらに慣れ親しみ、吸いつくそれを堪能しながら、シュラは、ゆっくりと下着と素肌の境目に指を這わせると、まるで三角の形を模倣するように、布をたくしあげていく。
「っ…シュラっ…何を…」
カミュは、はっと息を飲んで、そろそろと動かす指をデニムの上から押しとどめる。だが、Tバックのように尻の狭間に食いこませようとする意図を背負った指に対しては、まったく意味をなさない。
「…オマエがけしからん下着を身につけたところが見たい。見たくてたまらん。見せろ」
「私はあえていやらしい下着などつけないのだ!アナタの指がッ…そうしているだけで!」
「本当か?…実は履いてみたいと思ってるんだろ?黒いTバックも捨てがたいが、まあそれは後ほどオレが買ってやる。ところで今日のオマエは何色なんだ」
シュラは、喉奥で密やかに笑う。
「ッ!!アッ!」
まるで果実の皮を剥くように、シュラはカミュの尻の狭間に手早く下着を挟みこむと、デニムを一思いに引き下ろした。
息を飲む間に、仰向けからうつ伏せへひっくり返して目にしたもので、ますます眦を下げる。
「…なんだ、黒か。ますますあのTバックは履かなくてよかったな。たいしてかわらん」
普段は慎ましく覆う布から、さらけだされた尻頬は、湧きあがる羞恥に染まって、間違いなく桃色の果実のそれとよく似ていた。
いやらしい、と耳朶に吹き込めば、カミュは視線だけで睨んでくる。
「私ばかり…!」
「…オマエの尻以外のけしからん下着など興味もない。このパンツはオレが処分しておくからな」
「あうっ…」
ぱんっ、と喝をいれるようにカミュの尻を叩いたあと、シュラは反論に揺れた首筋へキスをすることに専念した。


アイオリアは、握りしめた己の手の中を見る。シュラから託されたそれは、よければ履くかと手渡された、一枚の黒い布だった。シュラがくれるというならと、素直に受け取ってはみたものの、およそ間近で見るのは、初めての形状だ。
処女宮の階段を昇る合い間に、アイオリアは喉を鳴らしながら、確かにあると十回ほど見つめ、辿りついた先の扉を開いた。
「…うむ、何用かね?アイオリア」
いつもとなんら変わらずに、シャカは自宮で瞑想に勤しんでいる。シャカなりの鍛練の最中に、全くにつかわしくないとは思えども、アイオリアは答えた。
「…いや、たいした用じゃないんだがな」
後ろ手に隠した布の手触りは、どこか不自然に、つるつるとすべる指触りで、落ち着かない。彷徨わせた視線と、手の内をさぐられるように、シャカは黙って目を閉じたままで頭から足の先までを見あげてくる。ふん、と一息。
「…大抵君がここへ来る際にたいした用件があったことがあるのかね」
「なんだと?何か重要な用事がなければ来てはダメか」
「駄目といったって君はくるだろうに」
溜息混じりにシャカから返されて、アイオリアはムッとする。でも、瞑想の最中に受け答えをするということは、機嫌は全くもって悪くないということだったから、怒りもひるみもせずに続けた。
「まあな?それはまあ…というか、シャカ。実は渡したいものがあるから来たんだ。その、そろそろ新しい下着が欲しくはないか?」
「うむ?下着…とな…」
あまり興味がないような、あっさりとした返事を聞きながら、アイオリアはどうすればシャカがこの布を身につけてくれるだろうかと、必死に考える。
およそ自分自身で身につけるものに、シャカは興味を全く示さない。所持しているのは、鍛練着と日常に身にまとう着古された布の何枚かだけだ。時折、アイオリアが自分の下着や衣服を新調する際に、シャカの分も取りそろえてやっているが、そうしなければいつまでも同じものを着回していた。それは、下着すらも例外ではなく。
「そ、そうだ。実はちょっと手に入れて…そろそろ新しいものがいいだろう?」
ふむ、とシャカは小さく頷いたあと、なんの前触れもなくすっくと立ち上がると、足首まで覆っていた布を大胆にまくった。
「おっ!?オイッ…!?」
自分と比べて、だいぶ細い両脚の付け根に鎮座するのは、アイオリアが買い与えた白い下着だ。ただでさえ日には焼けない足を、さらに眩しく彩るそれは、ゴールドではなくホワイトの三角形だ。唐突に跳ね上がる心臓を押さえ込んで、アイオリアは呻くように問う。
「いきなり下着なぞ見せて…!どういうつもりだ!!」
「どうもこうもない。君が新しい下着を持ってきたというから履いてやろうと思ったまで」
「だからといって別に、なにもここで履かずともいいだろう!」
「君の用事とは下着を私に履かせることではなかったのか?この私自ら履いてやろうというのに…わけのわからぬ奴め」
珍しく的確な意見を淡々とシャカから述べられて、アイオリアは思わず口ごもる。
自分で下着を買う時は、白だとか青だとか、どうしても明るい色味を選ぶから、当然のようにシャカが身につけているものも、同じような色のものが多い。ちらちらと視界に入るホワイトトライアングルに、出来る限り焦点をあわせないようにした。
黒い下着など、履いたことも履かせたこともない。でも、シュラから手渡されたのはおよそ目にしない漆黒のそれだ。
衣服の黒が嫌いなわけではないが、どうにも爽やかさの足らぬ色は、そのかわりに艶めかしい色っぽさがあるように思う。
今はどうだか知らないが、兄もずっと白いパンツだった。兄から履けと渡されるのは、白いパンツばかりだった。アイオリアの色相の好みは、少なからず兄の影響がある。昔はシュラだって、白いパンツを。
そう考えながら、押し黙っていると、シャカはみるみるうちに怪訝そうに眉を顰めた。
「…何をしている。早くそれをよこしたまえ」
「…いや、やはりこれはオレが履こうと思う!実は少し気に入ってたんだ!この形が!」
アイオリアが、苦し紛れにそう言い放つと、シャカはするりと晒していた布を下ろした。
不機嫌の皺は、眉間に寄ったままだ。
「…くれると言ったり、くれぬと言ったり…わけがわからぬ。男ならば一度決めたことは貫きたまえ」
全く持ってごもっともだ。このシャカの機嫌の悪さから察するに、下着が欲しかったのではないか、とアイオリアは推測した。
「…欲しかったのか…コレ」
「…欲しくなどない」
シャカは、再び結跏趺坐で座すると、ふいと顔を背ける。その仕草がたまらなく愛らしい。
でも、それがシュラからもらった下着に対してであるかと思うと、たまらなく妬けた。
こんなパンツ一枚で。この黒いパンツで。
「…オマエがそう言うのなら、コレはオレのものだ」
「…好きにしたらいい」
アイオリアは、仕方のないことを言い合っている、と頭の片隅で思えども、シャカに対する嫉妬の心については誰よりも所持している。ささいな嫉妬が、アイオリアを大胆にさせた。
するすると、シャカの目の前で、服を下ろす。自分は躊躇いもなく同じことをした癖に、シャカは驚いたようにぱちりと目を開けた。
「だったら今履いてやる!シャカ!オマエの目の前で!」
「なにを血迷ったか…!」
互いに肌を見せ合うことなど慣れきったことだったが、眼前で全てを晒すことはさすがにひるんで、アイオリアは下着をおろす間際にシャカへ背を向けた。足首まで勢いよく下げたパンツから足を抜き、黒い下着へ足を通す。つるつるとした質感を引きあげて、潔く股間を覆った。その瞬間、
「おお…!!!リア…!!」
と、驚愕と共にシャカの感嘆が耳届いて、多少気分が落ち着く。やたらと、尻と股ぐらが心もとないのは、初めて履く下着だからだ。
どうだ、シャカ。オレは黒も似合うだろう。
そう得意気に言い放とうと、振り返るよりも早く、勢いよく尻頬を叩かれる音と痛みに襲われて、アイオリアは飛び上がった。
「イッ…!?いたいだろうが…!!!」
これはすごい、と、嬉々とした声が聞こえたのもつかの間、アイオリアは続けざま尻を叩こうとする光速の手を避けなければならなくなった。
「君!尻が!尻が丸出しなのだよ!」
せっかく腰を落ち着けたのに、シャカは再び立ち上がって追いかけてくる。
叩かれる度、痛みが快感に変わったりなどはしていない、と己に言い聞かせながら、それからアイオリアは何度も尻から、小気味よい音を放った。


「…これは、オレには荷が重い…だがオマエならばきっと活かすことが出来ると思う」
珍しく宮を訪れ、神妙な面持ちでアイオリアが茶色の小さな紙袋を手渡してくるから、デスマスクは話半分で受け取った。
――オマエがオレにプレゼントだなんて珍しいじゃな~い!なに?シャカには飽きちゃったからお隣さんのオレに恋しちゃったみたいな?
と、開きかけた唇から揶揄が迸りそうになったのだが、どことなく覇気のない姿を目の前にして、それは腹の底まで引っ込んだ。
「…おお。つーかなんだコレ?なにくれんの?」
「それは…見ればわかる…」
やけに軽い中身の検討がつかず、デスマスクは問うたのだが、アイオリアはそれだけを言い残して、また獅子宮に帰っていった。
「…なんだアイツ」
すっかり巨蟹宮から気配がなくなったのを見計らって、デスマスクは独りごちる。カサカサと袋を振りながら居住区のリビングへ戻って、口をつけていた缶のビールを煽ってから、中を確認した。小さな紙袋の底で、くしゃくしゃになった黒い塊は、酷く柔らかく軽い。手をつっこんでつまみだしてみればよくよく見慣れた、もとい、ここのところ見失っていたものだった。
「……アレ?…え?…」
黒い下着を一枚、デスマスクはなくしていた。
というよりも、今の今まで、それはどこか――おそらくは双魚宮だろうが、酒を飲んで酩酊して脱いだ可能性を考えると磨羯宮か――に脱ぎ捨ててきたか、脱がされ忘れたのかは不明だが、おいてきたものだと思っていた。
何日前かの話だが、確かに下着を履かないで宮に戻ってきたことを、おぼろげに覚えている。
素肌にデニムが擦れて、居心地が悪いような、妙な気分になったからだ。
でも、それが一体何日前の話なのかはもう覚えていない。だから、すっかり記憶から抜け落ちて、なくしたパンツのことは忘れていた。それでも、こうして自分の手に戻ってきたことで思い出すと、気にはなった。
「なんでアイオリアが持ってんだ…?オレ獅子宮行ったっけか」
いや、待てよ。
アイオリアは、シュラからもらったとか言ってなかったか。
デスマスクは、己のパンツが自らの元に戻ってきただけなのに、思い当たる節のない下着が、妙に薄気味悪くなる。
どうしてパンツを脱いで、どこに置いてきたのだろう。
指先に引っ掛けたパンツをくるくると廻しながら、デスマスクは考えた。
多少なりとも気に入っていたパンツなのに、もう履く気がしない。シュラの手を通って、アイオリアの手に渡っているのだ。シュラが履いたのかは知らないが、アイオリアは自分には活かすことができないと言っていたから、履いたのだろう。やっぱり履く気はしない。
デスマスクは、小さく舌打ちをして缶ビールを一息で空にすると、小宇宙で磨羯宮の気配を探り、主を呼んだ。幾ら名を呼んでも答えもせず、しびれをきらして悪態をつく。
(おい、無視するなアホ)
すぐ、シュラはひっかかる。
(…オマエにだけは言われたくない。なんの用だうるせえな)
宮の中にもう一つ気配があるのはわかっていた。だからこそ、とてつもなく不機嫌な声音で返事をしたことも。
(あら!お取り込み中だったかしらぁ~!やあね暇さえあれば発情してる山羊は)
(ブッ飛ばされたいのかクソ蟹。オレはオマエと違って暇じゃない。それともなんだ構ってほしいのか?あ?)
(アンタに構われなくたってオレは引く手あまたですう~!!つーか、なあオマエさアイオリアにパンツ渡した?)
(あ?パンツ?…ああ、あの黒いTバックか)
(そうそうアタシのTバックなんだけどさ、)
アレ、どこにあった?とデスマスクが続けようとした瞬間、シュラは小宇宙のむこう側で盛大にむせたあと、苦しそうにせき込み、息を荒げた。
(…ゴホッ!ちょ、…アレ…!!あのパンツ…!!オマエのだったのか!?)
(…え?ああ、まあそうだけど)
(貴様ッ…なんということを…!危うくカミュが履くところだったろうが!オマエの!汚い股を覆ったパンツを!…マジ…やっぱりオマエら二人揃うとろくなことしねえな!)
(はぁ?わけわかんねーけど。なんでオレのパンツをカミュが履くんだよ履かせねえよ!?)
(そんなの当たり前だろうが!!あぶねえ…ロディのだったらまだしもオマエのパンツなんて履いてたらカミュが穢れるところだった…あぶねえ)
(あぶなくねーよ!!なんでだよ!超清潔だしィ!)
(汚れているだとか綺麗だとかそういう問題じゃない。オマエのものだというだけで穢れる)
(そんなわけねーだろ!バカ山羊が!さっきロディがどうのって言ってたよな。なにあのパンツなんでオマエが持ってたの)
(ああ?そんなもんこっちが聞きたい。なんでロディがオマエのパンツをカミュに渡したんだ)
憤慨したいのはこっちなのに、シュラは輪をかけて憤慨している。デスマスクは並べたてられる罵詈雑言を聞き流しながら、予想と憶測を張り巡らせた。
(ってことはなんだ。オレのパンツはそもそもロディんとこにあったんだな)
(知るかバカ)
(わかったわかった。あーわかったからもういいわ)
(は!?)
まだまだシュラの悪態は続きそうだったが、デスマスクはそこで小宇宙を絶った。パンツの出所がわかったからだ。また、アフロディーテとならしょっちゅうパンツを脱ぐことなどしているからだ。
はあ、と一つ溜息をついて、今度はアフロディーテの気配を探ると、気だるげな返答がある。
(…なんだよ。なんか用?)
(なーオマエ、オレのパンツをカミュにやった?)
デスマスクは、単刀直入に聞いた。すると、アフロディーテの声音は一瞬にして、百八十度色がかわった。
(あ!?もしかして!?オマエのとこまでいったのか!!)
(ちょっ…なにしてくれてんのアンタ!!)
(なにしてくれてるっていうか、託してやったんだ私が)
(え?なんでそこで得意気なわけぇ!?)
(いやな?オマエは弟子がいて、弟子に託してるだろ?シュラはずうずうしく聖剣を託してるだろ?アイオロスは少年達に女神を託してるんだからたまには私も何かを託したいと思ったのだ)
(もうすっげぇ意味わかんないんだけど!託すにしたって自分のパンツ託せばいいだろうが!)
(オマエは隣でアホ面さげて寝てたから知らないだろうけどな、目が覚めた瞬間、飛び込んできたのが、床に脱ぎ捨てたままのオマエのTバックだった時の私の気持ち…!安心しろ。一応石鹸で洗ってから託してやったから)
(その手間な!そういうところばっかり面倒くさがらねえよなオマエは)
(フフン…当たり前だろ?さすがに私だってカミュが可愛い)
そういうことでもねえ、とデスマスクは内心で苦虫をかみつぶしながら、さぞ綻んでいるだろうアフロディーテの顔を思い浮かべた。
(くだらねえことばっかりしやがって!だからオレあの日ノーパンで帰ったんだわ~そりゃねえわけだよパンツ!)
(別にパンツなんぞなくてもいいだろう。だってオマエだし。いいじゃん巡り巡ってオマエのところまで託されたパンツが届いたんだ…ただの汚れたTバックがね。光栄に思え)
(どう考えたってちがうだろ。ロディちゃんそれたらいまわしっていうの知ってた?)
(まあいいじゃんオマエにTバックを託すってことで。絶対カミュは捨てると思ったんだけどなあ…まさかシュラに渡すとはね…)
うふ、うふふ、と何を想像しているのか、アフロディーテは一人で笑っている。
大変ご満悦な様子に、デスマスクはそれ以上何を言う気も失せた。出所も理由も全て分かったが、このパンツが託されて辿ってきた道筋を考えるといたたまれなさが募る。
ただの黒い、股ぐらを覆う布に、憐れみとほんのわずかの愛着を感じながらも黙っていると、ひとしきり笑い終えたアフロディーテは言う。
(海に流した手紙入りの瓶がどこかに届いて返事がきたみたいな気分だ…ロマンチックだね!それでさ私は腹が減った。ちょうど呼ぼうと思ってたんだオマエのこと。こないの?)
(ロマンチックとかよく言うわぁ…でも?しょうがねえから行ってやるけどぉ?)
それから、すぐにソファから立ち上がったデスマスクは、Tバックを適当に寝室の床へ放り投げ、いそいそと着替えをすませて巨蟹宮をあとにした。
もちろん、下着を新しいものに取り換えて出たのは、言うまでもない。

そして数日後の磨羯宮で、カミュは、食事の片付けをしようとキッチンへ行き、ごみを捨てようとしたところで、ごみ箱と壁の隙間からのぞく黒いものを見つけた。
捨てようと放り投げて、落ちてしまったごみだろうか。
カミュは、なにげなくごみ箱へ入れ直そうと、それを手に取った。くしゃりと柔らかく軽く、しっとりと、滑らかな薄い手触りは、紙でもビニールでもなかった。
「これは下着…?はっ…!コレはなんと透けている…透けているショーツではないかッ!まさかシュラがこれを…!?」
シュラは、シャワーを浴びに行ってしまっている。
向こう側がうっすらと見える三角形の布を握りしめ、わなわなとカミュは震えた。これはなんともけしからない、下着だ。