2009年1月12日 山羊座誕生日の2020年1月12日改稿版。
シュラカミュでイチャイチャするだけの話。
煌々と輝く満月の下で浴びる風は、冬の寒さを潜ませながらもどこか凛としていた。
月明かりの中に浮かぶ眼前の宝瓶宮には、守護者の穏やかな気配がある。暗い宮を躊躇いもなくつきすすみ、シュラは居住区の扉を開いた。
「カミュ、いるか」
「ああ、もちろんだシュラ」
カミュはシュラを招きいれると、そそくさとどこかへ姿を消した。
人間の気配は温かい。隣の宮を訪れる為に、外気に肌を晒したのはほんの一瞬だったのに、シュラはカミュを待つ間に、思わず安堵の溜息が漏れる。
「疲れているようだな」
いくらもしないうちに珈琲のカップを持ったカミュが来るまで、シュラはその充足感にどっぷりと浸った。
「平気だ。むしろ心地が良いな」
「そうか。それは良い一日を過ごした証だ」
他愛も無い言葉をかわしてシュラがカップを受け取ると、カミュは流れるように隣へ座る。
「貴方は酒のほうがよいか」
珈琲に口をつける前にカミュが一言、からかうように唇を緩めた。
緩む。張り詰め、研ぎ、澄ませていたものが、緩んでいく。
「とりあえず珈琲でいい」
「この私自らが手間をかけて抽出したものを、とりあえず飲むというのか貴方は」
「粉に湯を注いだだけだろうが」
「よくぞ見切った」
「見切るもなにもない」
くだらないやり取りをしているうちに、シュラはふと他愛なく、くだらない事を聞きたくなった。
「お前は俺のどこがいいんだ」
「どこか良いかと問われると困るのだ。嫌なところであればすぐさま答えられるのだが」
嫌なところならと、おどけた答えを口にするものの、カミュは一瞬視線を泳がせて動揺する。シュラは揺れた心を見逃さなかった。
「そんなに動揺するほどの事か」
「動揺などしていないし、突然そんなことを口にする貴方のほうこそ動揺しているのでは?」
「俺が動揺する必要も理由も全く見いだせないんだが」
「私の知っている山羊座の男は普段、そんなことを口にはしない。しないのだが……強いていえば私は貴方の全てが好ましい」
「強いてってのはなんなんだ」
カミュらしいと言えば、カミュらしい答えだが、シュラはその返答に納得がいかない。
「もし、お前が愛しいと思う部分にキスをしてくれと言ったらどうする。俺の全部にするんだろうな?その答えならば」
意地の悪い返答であるのはわかっていた。だが、シュラは自分で思いついた答えに満足した。カミュはどうするのか。どう答えるのだろうか。それを想像するだけで胸が高鳴って、面白い。どんな答えに転んだとしても、これから先の時間は楽しくて仕方がなくなるに違いなかった。カミュはすぐに、真に受ける。
「うむ、わかったのだ。キスをしようではないかシュラよ。私は貴方の全てが愛おしいので、しらしめようと思う」
「なんだって?」
「少し待っていてくれ」
耳に届いたのは、シュラが想像した以上に情熱に溢れたものだった。カミュは勢いよく立ち上がると、透明なグラスに透明な酒を満たしてくる。
「なんだそれは。水なわけがないとは思うが」
「ウオッカだ。珈琲はもう終わった」
シュラへグラスを渡すと、カミュはそのまま隣には座らずに、背後へうっそりと立ち尽くした。酒に口をつけながら、シュラが背後を盗み見ると、カミュはそこそこの量が注がれていたグラスを一気に煽った。まるで何かの景気づけのような行為なのに、煽る前もその後も、真顔であった。
「どうした。カミュ」
訝しむ問いには答えぬまま、カミュは唐突に髪に指を差し込んでくる。やわやわと二三度、頭を撫でられて、シュラがこそばゆさを感じていると、さらに頭頂部へ柔らかな感触が落ちてくる。軽く弾んだリップ音と共に、指に絡めとられているのだろう髪の先に、もう一度。
「私は貴方のこの髪が好きだ。艶を帯び、陽の光の下で華やかに激しく振るわれる。それから、この耳も」
流れるように左の耳朶に生温い唇は触れ、右の耳朶を甘く噛む。ゆるゆると頭を撫でられるまま、前髪を掬った手のひらによって露にさせられた額にキスをされる。シュラはカミュの意図に気づき、にやにやとやにさがった。ただひたすら言葉に耳を傾けるまま、カミュの好きなように触れさせる。
思うがままに知らしめているその顔が、眼前に迫る。緩く目を閉じ、時折薄らと覗く赤色は、しっとりと潤んで見えた。
「この凛として、研ぎ澄まされた目も好きだ」
背後に居たはずのカミュが、一際大きく視界に映ると、瞬間的に閉じた瞼を啄まれた。鼻筋を食みながら唇は降りていき、頬に手が添えられる。
「いつも私の唇を塞ぐ、シュラのこの唇が好みだ」
心の赴くまま名を呼ぼうとすると、あっさりと口は塞がれる。唇を奪いたくなるような気分にさせるのはどっちだと、シュラが内心で独りごちていると、カミュは舌を絡めながら、大胆にも膝の上に乗ってきた。首筋にするりと腕がまとわりついて、さらに深くまでを探られる。カミュから、柔らかな吐息が漏れる。
「シュラ」
「それで次は」
膝の上の体を抱き締めて、シュラは続きを催促した。しなる背に手を這わせれば、赤はうっとりと細められる。間違いなく、想像以上だ。
カミュは満足したように見つめあっていた視線を外すと首筋に顔を埋め、知らしめの行為を再開させた。喉骨を舌でつつき、鎖骨へ吸いつく。微かなリップ音と共に離されたシュラの胸元には、赤い跡がくっきりと浮かんだ。
「ああ、お前のものになった」
「そうだ。私のものなのだ。元からすでに、私のものではあるが」
ふとカミュは、僅かに酒が残っていたシュラのグラスを後ろ手に取る。見せつけるようにその縁にキスをしたかと思えば、残りを全て口に含んだまま、唇を重ねてくる。
流れこんでくるのは、目の覚めるような強い酒精と、さらに甘い酩酊だった。口端から溢れて飲みきれなかった雫を滴らせて、シュラは飲み下す。
「これで貴方の体の中も私で満たした。この体も、この心も、存在しているシュラという人間の全てが好ましい。どの一つが欠けようとも貴方は私のものだ」
「ああ」
「貴方の身体に生を与えているこの鼓動も、私のものだ」
シュラは短時間で酷使され、朱と艶を増したカミュの唇をなぞった。
「この指も愛しい」
すかさずその指にも緩く歯が立てられて、うまそうに舐られる。
月は満ちれば欠けていくのだ。どれだけ凛と涼しげな光を与えていても、満ちたあとは欠けていくしかないのに、シュラの目に映る光には、欠ける要素が見当たらないどころか膨らんでいくだけで、どうしようもないと思った。
「そろそろ俺も、お前のどこがいいかを知らしめたくなってきた」
「……ではこのまま、すぐさまにここで」
この月は、矛盾している。冷静であるはずが、情熱に溢れんばかりだ。