Aigipan

2010年1月12日 山羊座誕生日の2020年1月12日改稿版。

シュラカミュでトランプ遊びをしようとする話。


カミュがその箱を見つけた時、何気なく手にしてしまったのは、描かれた絵柄が自分自身を含めた仲間達にとって、とても関わりの深いものだったからだ。
一枚の紙幣と、それから少しばかりの小銭だけ。少し上等な一杯の酒を購入するのと同じ程度で、カミュは手の中に収まる紙箱を手に入れた。 そしてその日のうちに、上品な趣の異国の食事と簡素な祝福の言葉と共に、カミュの手から離れていった。
所有者はもうカミュではないが、熱のこもった気だるい体が転がるのは、自宮のベッドの上で、箱はこの部屋に入った時からすぐにサイドテーブルの上に置かれたままだったので、もしかしたら今日はこのまま開封されない可能性もあった。
ひとまず失った水分を潤す為に、紙箱の新たなる所有者は、部屋を出て行った。そのまま眠りについてしまうのは幾分もったいないような気もする。
「今日」の一日が過ぎるまであと僅かだ。だが「夜」は始まったばかりだった。
所有者にとっては別段いつもと変わりはしない一日であっただろうが、カミュは変わらずに過ごせた一日の余韻に、まだ浸っていたかった。ベッドに転がったままカミュは腕を伸ばし、サイドテーブルを手探りで二三度彷徨って、紙箱を見つける。傷をつけないように、折り込まれた口をそっと持ち上げた。箱の中に隙間は無く、紙製のカードがきっちりと納められている。カミュは起き上がり、潜り込んでいた毛布を引き上げて肩から包まると、片膝を立てて座り込んだ。乱れたシーツを心持ち整え、一枚ずつカードを取り出しては眺めて、並べていった。
(これは……魚座)
箱の中で眠るまま一度も切られていない54枚のカードは光沢のある、つるりとした手触りで、指先に貼りつくようだった。
魚座、牡牛座、天秤座、とカミュの目の前には、よくよく知り尽くしている黄道十二の星座が、脈絡もなく並んでいく。天にある十二星座と違うのは、たて続けに獅子座が二枚もあったかと思えばいつまでも水瓶座が見つからなかったり、カードの端に数字と記号が書いてあることだ。
ダイヤ、スペード、クラブ、ハートの、本来は大きくカードに刷られているはずの四種類の記号と数字は、十二星座の絵柄に取って代わられ、隅に小さく追いやられていた。
乙女座、蠍座、蟹座とカミュの指先は箱の中を探るのだが、水瓶座が見つかっても、もう一つの星座が見つからない。隙間無く納められていた箱はもう既に、半分ほどが取り出されていた。半分といえど、それなりの数がある。カミュはもう一枚、カードを掴んだ。
サークルの上に、黄道十二の星座を現すマークが並べられている図柄を表に返す。
「ジョーカーか」
目に映ったカードには、切り札を指し示す文字と、カミュが探していた星座の図柄があった。目的の星を見つけたのと同時に部屋の扉も開き、所有者が姿を現した。その片手には、開けられたものの一口も飲まれてはいないワイン瓶があった。
「遊ぶのならせめて下を履け。下を」
カミュは苦言をこぼす顔を眺めてから、上半身は裸のまま、デニムパンツだけを身につけている下半身を確認した。
「魚ではない」
じっと所有者の下半身を凝視する。間違いなく人の足だ。山羊の足でもなかった。
「シュラよ。私は貴方の下半身が魚でなくて良かったと思っている」
「何の話をしてる」
「いや、貴方は山羊座である。貴方の聖衣は山羊座だが足がある。貴方にも足がある。だが本来は、山羊の足は魚だろう」
カミュは首を傾げるばかりのシュラへ、手にしているカードを見せた。
「ジョーカー?珍しいな。星座柄のトランプとは」
「なんだ貴方は気付いていなかったのか。酷いのだ。せっかく贈ったのに」
「トランプだとは思っていなかった。タロットカードか何かだろうと」
「タロットカード?貴方が?」
「興味はないがな」
呆れのため息と共に、カードはさっさと奪われる。
「確かに神話上の山羊座の下半身は魚だが、そもそも俺は山羊じゃない。お前だって水瓶じゃないだろう」
ある日突然、瓶の姿になっても困ると独りごち、シュラは酒瓶から水分を直に煽った。言われるがままに、カミュも己の姿を想像しかけたのだが、万に一つもその可能性はない。
「タロットカードも興味がない。下半身が魚ではない。だが、ひとまず遊ぶ前にだ」
「前に?」
「服を着て、これを飲むぞ」
飲むと言いながらすでに口をつけているワインのラベルは白で、カミュは今、飲むなら赤がいいと思った。
「いやだと言ったら?」
「そうだな、俺の下半身が魚だったら困る理由をことこまかに述べてもらうか」
「何か良からぬ事を考えているな。貴方は」
「困ると言い出したのはお前だ」
シュラはニヤリと口元を歪めて、楽しそうにからかってくる。
「今、ワインを飲まなかったとしても、貴方には教えぬ」
「なんだ、喉が乾いていないのか?あれだけ喘いでいたのに」
「喉は乾いている。だが、飲む前にゲームをしよう」
「ゲーム?」
「このトランプの山の中に、このジョーカーを一枚だけ入れる。交互に引いていって、先にジョーカーを見つけたほうの勝ち、というゲームだ。カードはここにあるものだけにするのですぐに終わるはずだ」
「キスをして欲しいならして欲しいと言えばするし、したいならいつでもしろ。それは負けたらするというルールだろう?」
「なぜさも当たり前のように独自のルールを作る」
「違うのか。やる気がしない」
半分になったワインの瓶を手放して、シュラはシーツの上に放られたカードを見やる。カミュは、数十枚の塊に、やる気がしないと言いつつも手渡されたジョーカーを挟みこんで、切る。
強度が増すように、特殊な加工をされた紙と紙が重なり、擦れ合う微かな摩擦音が響く。
カミュは気の済むまでカードを切ると、裏面にして再びシーツの上に置いた。
「なにもしないなら、勝っても意味がないんじゃないか?」
「……意味ならある。もしも貴方が勝ったら私はワインを飲む。それでその後は、貴方の好きにしてよい」
「やる気が出た」
「だがもしも私が勝ったら、」
「お前が勝ったら?」
「次の「今日」もまた同じゲームを貴方とする。同じ遊びをして、ワインを飲み、私は貴方を抱き締めるというのはどうだろか」
夜は続けど「今日」が終わるのはあと数分だ。
「それならこのゲームに意味はない」
「シュラ?」
ベッドが音も立てずに揺れたかと思うと、綺麗に積み上げたカードの山が崩れて、沈む。カミュはシュラに引き寄せられて、毛布ごとその腕の中にいた。
「このトランプのジョーカーならば、もうお前の手の中にあるからな」
だからお前の勝ちだと囁く唇は、山羊座であった。それは嬉しそうに撓んでから、喜びのあまりだと言わんばかりに荒々しく、重なってくる。
「ワインは後で飲むことにしよう」
「いつでもいい。次も、な」
離れた唇はすぐにまた触れて、カミュはシュラの背へ廻した腕に、力を込めた。
もしも下半身が魚だとして困るのは、
「それまで貴方の下半身が人であるように願っている」
「俺も人のままであるように祈っておくか」
歩む足がなければ、すぐにこうして抱き締められない。